遠い存在が近くなる瞬間
予想外の出来事
▼ ▲ ▼
バタバタと教室から出て来た彼女の目には涙。
「え?何で…」
泣いてるの?と問いかける前にぎゅっと抱きしめられ天童の脳内は一気にそちらへ持ってかれる。
「珍しいね…」
教室の前、しかも登校してくる生徒がいる時間帯。
いつも天童から「抱きしめたい」と言えば「人がいるからダメ」と拒否される場面と同様の状況にあるにも関わらず彼女はしっかり抱きしめている。
名前がぎゅっと握ると天童のワイシャツに皺がよる。
その彼女の肩に手を置くと「何があった?」と優しく問いかける天童。
名前は小さな声で呟いた。
「天童のことで…」
「えっ?!まさか女のコたちが俺を求めて…?!」
ギョッとする天童を見上げる名前は怒っている様子。
「何で嬉しそうなの。」
「え、まじ?」
冗談で言ったんだよ?と言えば冗談じゃない…とムスッとする彼女。
「…怒った?」
涙を指で拭われた名前。
ちらっと天童を見上げる。
「なにかなー?」
「…。」
キョトンとした顔で、少し顔を傾ける彼。
名前は手に持たれているネクタイを手にすると「結ばせて。」と一言。
少し屈む天童の首にネクタイを掛けるべく両腕を回した。
「…ドキドキしてる?」
「してない。」
楽しそうに目の前の彼女を見詰める天童。
「…名前ちゃん。」
「んー?」
ネクタイを不慣れな手つきで一生懸命結んでくれている彼女の名前を呼ぶ。
でも、視線は上がらずネクタイに釘付け。
チラチラとふたりを見ながら隣を通っていく生徒。
「…キスしてい?」
「ダメ。」
「なんで?今、絶対いいよって言ってくれると思った。」
「だっていつもと違うじゃん?抱き着いてきたデショ?」と名前の顔を覗き込む。
ネクタイを結び終えた名前がゆっくり視線を上げる。
「ん?…えっ…?」
身を屈ませたままだった天童。
そのままネクタイを引っ張られバランスを崩した。
名前の肩を掴み、倒れず済んだ天童。
それより、天童の思考は今、目の前の彼女の行動でいっぱいだった。
「天童。」
重ねられたばかりの彼女の唇が僅かに動く。
甘い雰囲気のはず、なのに、彼女の口から放たれる声色はとても真剣なものだった。
「何?もう一回?いいよ〜」
天童はこんな時でも、いつもの調子を崩さない。
名前が僅かに動いた。
「付き合って。」
…また、このコは。
真っすぐ、天童を見据える名前の視線。
天童は「ほんと、予想外のことしてくれるよね〜」と口角を上げた。
「ソレ、俺が今から言おうとしてたヤツ。」
「っ…」
そう言って彼女の顎を掴むと「何で先に言っちゃうカナ〜?」と彼女の唇に指を這わせた。
「いいよ。」
静かに、天童はそう言った。
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