線のその向こう側
話…?
▼ ▲ ▼
「話って…」
「んー?」
いつも逆立てている髪が普通のストレートになっているからか、前髪の間から除く瞳に異様にドキドキする。
目を細めて、そっと名前の頬に右手を添える天童。
ツウッと親指で唇をなぞられると、目を瞑った名前に誘われるように唇を近づけた天童は一瞬、触れるだけのキスをすると左手を首の後ろに回した。
「っ…」
手の動きが、いつもよりやらしい。
キスは次第に深くなっていくが、それに伴って天童の手が肩、腕、背中へと動く。
全身に神経を張り巡らす名前の身は緊張と共に触れられた箇所が熱を帯び、彼の手の動きに集中していた。
「名前ちゃん…キスできてないよ?」
「っ…だって…」
いつの間にか天童の両腕は背に回されていてがっちりホールドされてしまっていた。
身を離しても離したうちに入らない程度にしか距離はない。
どくんどくん波打ち続ける胸といつもと何か違う彼を見れば、その頬を両手で包む。
目を細めていた彼だったが、少し見開いた。
「天童…」
「…。」
背に回していた右腕を離し、顎の下に添えるとグッと上げられた名前の視線の先には、上から見据える天童の据わった視線。
頬が紅潮する彼女を見て問いかける。
「俺の事…好き?」
いつものお調子者天童の声ではなくて、真剣な目と落ち着いた声に名前はいつものように答えないわけには、いけない気がした。
「…好き。」
答えた直後、まるで“好き”と言うのを悟っていたかのように唇を重ねた天童は、そのまま彼女の身をゆっくり倒した。
唇を離して見据える目と合った時、天童の口が僅かに動いた。
「覚って、呼んで。名前。」
いつもと明らかに雰囲気が違う目の前の彼に少々戸惑いを感じ始める名前。
ドキッと大きく波打った瞬間、彼はまた唇を重ねようと身を寄せる。
目を瞑った、ときだった。
「…。」
「…。」
「え?」
しーん、と静まり返ったかと思えば、ずっしりとした重みを身の上に感じて苦しくなって来た。
耳元でスースーと寝息を立てているのは、紛れもなく名前の身を下敷きにしている天童。
「…いくら細くても重い…」
「天童」と身を揺すってもむにゃむにゃと幸せそうに眠り続ける彼がいるだけで、自ら身を抜くしか方法はなかった。
「…とりあえず…。」
物凄く変な体勢で眠っている彼の足を持ち上げ、ベッドへしっかり寝かせると布団をかける。
寝顔を見てふっと笑みが零れる。
「そりゃ、眠いよね。」
朝も夜も部活して、眠たくならないはずがなかった。
「…話って、何の話だったの?」
そう問いかけても、返事はない。
“覚って、呼んで。名前。”
胸の奥を、掴まれたかのような感覚に陥る。
「…覚…。」
本人は眠っていて聞こえていないが、恥ずかしい名前は顔を両手で覆う。
「…不意打ちズルい。」
天童の眠るそこへ身を滑らせて翌朝の天童を創造してニヤニヤする。
驚くかな。天童。
目の前の彼の顔を見ながらうとうとし始めた名前はそのまま瞼を落とした。
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