線のその向こう側
完結
▼ ▲ ▼
「『ちょっと!名前ちゃん返してくれませんかぁ〜』って、電話が来た。」
「…あはは。」
夜10時を回った時、ヒレを切らしたらしい天童から花の携帯へ連絡があった。
花の彼氏の話を聞いていたところすっかりこんな時間になってしまったのだ。
しぶしぶ花が寮の玄関まで送ると、すぐ隣の男子寮の玄関先では天童が誰かと話していた。
「あ、名前ちゃん。」
「苗字。」
「…牛島くん?」
彼女に気付いた天童の隣で話をしていたのは男子バレー部エース牛島だった。
格好から走っていたのだろう。
「走ってたの?」
「あぁ。」
「やーっと花ちゃん開放してくれた〜。俺寝そうだったんだからね?」
待ちくたびれた、と天童の表情から見て取れた名前は「ごめんごめん。」と笑みを向ける。
「じゃあ、部屋に戻る。」
「足止めしてごめんね。」
「いや。構わない。」
玄関から寮へ入っていった牛島に手を振ると、天童は「じゃあ、名前ちゃん。部屋行こうか…」と言って欠伸を一つした。
部屋へ戻ると彼は「名前ちゃん。」と手招きする。
首を傾げ、身を寄せればぎゅっと抱きしめられた。
「はぁ〜いい匂い。」
「へんたい。」
「変態でいいよん。」
髪に顔を埋める天童の腰に腕を回すと彼のシャツから香る匂いに頬を寄せた。
「…天童もいい匂いする…。」
「ん?洗剤の匂いだろうね。」
そう言うと彼は少し身を離し、「名前ちゃん。」と名前を呼ぶ。
顔を上げれば、唇をそっと重ねた。
「名前ちゃんさ、なんで俺に隠してたの?」
「…。」
再びぎゅっと抱き寄せられれば、そう問いかけられた名前。
彼に回した腕に力を込める。
昼食の時の話だと、すぐわかった。
「思い出すのが、嫌だったから…ただ、それだけ。ごめんね、自分勝手で。」
花には、話した。
しかし、話すことをずっと躊躇っていた自分に、彼女はわくわくと楽しみにしてくれてるような面持ちで話を聞いてきた。
だから、話してしまうことができた。
しかし、天童は違う。
彼は、私にまたバレーをすれば?と言ってきそうで少し怖かった。
だから、言えなかった。
「バレー、もうできないんだってね。」
「…うん。」
「嫌だねぇ。俺も今バレー取られちゃったら…なんて考えないけど。」
「え?」
思わず、顔を上げた。
そこには、お調子者、天童覚がいる。
「ちょっと…今真剣な話してたのに…」
「もう終わったデショ?その話は!完結したんだよ?」
「まぁ…そう、だけど…」
「じゃあじゃあ、次は俺の話聞いて?」
「え?なに?」
天童から、話?
天童はベッドへ座ると、隣をぽんぽんと叩いて「おいで〜」とニコニコ顔を向ける。
不思議そうに名前はそこへ腰をそっと下ろした。
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