関りは避けられず
隠された事
▼ ▲ ▼
「で、例の話だけど…」
「…花は、さすがだね。」
体育を終え、更衣室で着替える二人。
花は名前がバレー経験者だということがとても気になっていた。
「誰だと思ってるのー?これでもバレー部特待生なんですよ?」
「だよね…。さすがだとしか思えなかったよ。」
シャツを脱ぐと制服のワイシャツを羽織る名前は手を動かしながら過去を思い出した。
「私、中学も白鳥沢だって話したよね。」
「うん。」
「中学の時にね…」
名前の通っていた白鳥沢学園の中等部は文武両道をモットーにしていた。
そのため、運動部には高等部同様、指導には力を入れており、今でも強豪の部活は少なくない。
その中には、もちろんバレー部もあった。
名前は、幼少の頃から小学校にバレーボールチームがあり、通っていたが中学受験をするべく塾へ通うようになったと同時にやめた。
それっきりバレーボールはせず中学に入学し、部活に入ることになった時、3年間行っていくなら、と経験したことのあるバレー部に入部した。
高等部の全国常連校という名の元、中等部の日々の練習も侮れるものではなかった。
特に、小学生ではなかった“上下関係”というものに中学生は厳しく、1・2年先に生まれた先輩たちを1年生はとても恐れていた。
幸い、バレー部の先輩たちは優しい人たちばかりで名前には苦などなかった。
そして先輩たちが、逆に彼女を羨ましく思う存在としていたことが大きく名前の中学生活を影響していただろう。
バレーをすれば、圧倒的な才能とセンスを開花させる。
しかし、それ以外の運動は全くダメだった。
でも、彼女はバレー部員。
バレー部以外の才能はバレー部では必要ない。
“優秀なセッターがいる白鳥沢”と中学では一躍有名になった。
中学女子バレー部での強豪という名がさらに濃く広まったのは恐らく彼女あってのこと、と言っても過言ではなかった。
そんな彼女が、高等部でもバレー部に入部して一躍を担うのだと、この時のバレー部員はみな思っていた。
しかし、それは、ほんの一瞬にして消し去られた。
中学最後の大会での試合中、怪我をした。
本人にもわからない、突然の出来事で…成長期に無茶な運動量をこなして来たことによるものだった。
足の痛みは、尋常ではない。
その場に蹲った名前、その時点で白鳥沢は負けた。
それからはバレーを自らは一切しなくなった。見なくなった。
「私もずっとバレーしていくんだと思ってたんだよ…でも、なんかね…先が見えなくなった。バレーを抜いた人生がその瞬間に想像できなかったから。」
「だから、高等部上がってもバレー部の試合には見に行かなかったの?」
「…うん。」
更衣室を出ると、教室へ向かう二人。
「じゃあ、天童と関わったら余計につらいんじゃないの?」
花に話せたことによって、“隠している事”から“隠していた事”に変わった名前の気持ちはとても軽いものに変わっていた。
花の問いかけに、「ふふ。」と笑みを向けた名前。
「それがね、自分からバレーをなくしてからもう結構経って、すでにバレーのない先が見えてるから大丈夫。好きな人の中にバレーがあることは、私に直接的な関係はないじゃない?」
「でも…」と階段の先を見ながら名前は言った。
「見ると、コート上の自分を思い浮かべちゃって…あぁ、後悔してる。って思っちゃうから、あまり試合とか、見たくないのが現状なんだよね。」
「まぁ、つまり…吹っ切れるところと吹っ切れないところがあるんだよね。」とヘラっと笑う名前に、花は柔らかく微笑んだ。
「天童にも、話すんでしょ?そのうち。アイツ、絶対驚く。喜びもするかもね。」
「…ふふ。目に浮かぶよ。」
驚く天童を想像しただけで、笑いが込み上げてくる名前。
教室の前まで来た二人はまだ教室で着替えている男子がいるらしく女子生徒が数人廊下で待っていたため、そこで立ち止まった。
「そいや、ポジションの話は出てこなかったけど…どこだったの?」
「えー、どこだと思う?」
「サーブもレシーブもうまかったから…セッターとか?」
「…え、なんでその理由でセッターが出てきたの?」
「セットアップ見てないから。」
「ふっ…セッターだったら、見ればわかるもんね。」
「うん。で?答えは?」
「セッターです。」
「ほらねぇ!!」
花の大きな声が廊下に響いた時、ガラッと教室のドアが勢いよく開かれた。
ネクタイを手にした天童の姿に目を見開く名前。
その姿を見た彼の表情は一変した。
ぱあっと花を咲かせたように明るくなる。
「名前ちゃん!会いたかったっ」
「ちょっ…だめっ抱き着くの禁止!」
「え〜い〜じゃ〜ん。花ちゃんのケチ!」
名前に両手を広げてそのまま勢いで抱きしめようとしたところを花が素早く身を滑り込ませた。
その花の背で、名前はほっとしていた。
セッターだってこと聞かれたんじゃないかと思った…。
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