好きな人は大切に
偶然は少ないもの
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本当に、たまたまだった。
鞄を持ち上げた時に、重さを感じて、こんなにも重かったっけ。と不思議に思った矢先、鞄の中に図書室に返却しなければならないものがあることに気づき、図書室に寄った。
少し気分転換に、と借りたい本を探した後、そのまま帰ろうと思っていたのに、机の中に置いたままの貸出中の本の中に図書カードを挟んだままだということに気づき、教室に戻る。
きょう、本当についてない。
…早く帰った方が身のためかも。
そんなことを考えていたら、天童の階段を上がっていく背中を目撃した。
…これは、逃したらダメな気がする。
でも…。
やはり悩む自分もいた。
言っても、無駄だったら?
別れるしかないの?
別れたくない、自分の作った恐怖に足の動きも止まる。
階段を上っていく背を思い出す名前。
でも、こんな偶然滅多にない。
それが、彼女の足を動かした唯一の力だった。
悩んでいる時間もあって、既に教室にはいないかもしれなと考えれば、歩みも自然と早くなる。
教室を通り過ぎ、中でどうやら忘れ物を取りに来たらしい天童の姿を確認して、前の扉へ向かう。
そのまま入り、彼を捕まえる。
あぁ…もう、泣きそうだ。
「天童。」
みっともないほどに、声が震えていた。
でも、もう言わなければならない。
こわい。
でも…ここ乗り越えなければ、先ももう長くない。
机をいくつも挟んだ向こう側にいる天童は名前を見るなり、驚いた表情をしたが「名前ちゃん?何してんの?」とゆっくり歩み寄る。
珍しくジャージを羽織っている天童が傍まできた、手を伸ばせば届くところまで来た瞬間に、彼女はその裾を掴んだ。
「…天童…」
どう話せばいいんだろうか。
単刀直入に、言えば伝わるだろうか?
話が纏まらず、ジャージを握る手ばかりに力が入る。
それを見て、彼は何も言わずに彼女を腕の中へ閉じ込めた。
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