▼ モルヒネと愛情
「はよー」
「…」
朝の3年5組の教室には生徒が眠そうに続々と登校してくる。
名前の後ろの席の黒尾鉄朗が朝練を終えて教室についたようだ。
名前は無言のまま後ろを振り返る。
黒尾は「どうだった?」と問いかけた。
名前は昨日、隣のクラスのサッカー部員にずっと想い続けてた気持ちをぶつけた。
1年生のときからずっと想い続けてきただけあって、振られた痛みはとてもじゃないが大きかった。
ずっと話を聞いてくれていた黒尾を見ると、きのうとてもじゃない涙を流し切った後だというのにまた込み上げてきた。
俯いてスカートの裾をぎゅっと握りしめて必死に涙を流さまいと堪えている彼女を目の前にして、黒尾は彼女の頭の上に手を乗せた。
くしゃくしゃと撫でまわした後、「すげぇな、お前。」とだけ言う。
ずっと優しく見守って、応援してくれていた黒尾に、最後までも褒められる。
「…っ…。」
頭に乗せられた手の温もりのせいで、堪えていた涙は一気に溢れ出した。
ポタポタとスカートにいくつものシミを作っていく。
「泣くなよ。」
「だっ…て…もう、無理。」
学校にだって来たくなかった。
何も知らないで楽しそうにしてる周りを見てるだけで苦しくなる。
こんな自分がとてもじゃないけど嫌だった。
でも、たった一度の失恋で学校へ行かないなんて…今は許されている甘い世界だとしても、この先、生きてくにはそれではいけない。
そう思って今日学校へ来たが、やっぱり苦しいものは苦しいし、痛いものは痛む。
甘やかしてくれる黒尾に、弱音をつい吐いてしまった。
名前の言葉を聞いた黒尾は、僅かに口角を上げた。
「無理じゃねぇだろ。お前がいなかったら俺のほうが無理だぜ。」
「…なに、言ってんの。」
「ばかじゃないの。」と目に涙を貯めたまま、彼を睨み、苛立ちを素直にぶつける。
「バカかもな。」
黒尾の手が目の涙と頬の涙を拭った。
名前の鮮明になった視界に映ったのは、黒尾の優しい顔だった。
「俺は名前のこと、ずっと好きだぞ。」
「…こんな時に冗談は…」
「冗談じゃねぇ。」
黒尾の低く、少し大きくなった声に名前は目を見開いた。
「お前のことちゃんと見てもねぇ奴なんてやめろ。俺にしとけ。」
「…黒尾…。」
たまに、こうした冗談は言っていた黒尾。
しかし、この時ばかり冗談には聞こえなかった。
本気の目をしてる。
ドキドキと高鳴りだす心臓を服の上から抑えるかのようにぎゅっと胸元を握りしめた名前に、黒尾がふっと笑った。
モルヒネと愛情
その痛み、消してあげる。
-END-