▼ おかげさまでみじめになれる
妹がいたら、こんな感じなんかな…なんて考えながら彼女を見ていた。
でも、いつの間にか…俺は彼女に守られることが多くなっていた。
それに、気づくのが遅かった。
今この状況は、確実に…不意を突かれた。
放課後、誰もいない階段。
マネージャーに抱きしめられているこの状況の根は、ついさっきだった。
「もう、つらいの…」
付き合って3ケ月を過ぎた頃、彼女からメッセージが届いていた。
“放課後話したいことがある。時間ある?”
嫌な予感はしていた。
ここずっと部活部活でメッセージだってロクに返せていなかったし、彼女と会ったって好きになった時の彼女の笑顔はなくなっていた。
「別れたい。」と言われた瞬間、納得した。
目の前で、涙をポロポロ流す彼女を見れば誰もがそう思うだろう。
「あ、やってしまった。」と。
2年の時、同じクラスで仲良くなった。
3年になってから、クラスが離れて…話さなくなったけれど気にはしてた。
その時に、「あ、俺好きなんだ。」と思った。
付き合った当初はかなり好きだった。
今だって、正直言えば何もしてあげられなかったし、後悔ばかりを残している。
でも、仕方ないとも思う。
…のくせに、なんで…
俯きながら必死に込み上げてくる感情を抑える。
頼むから、誰にも合わずに、このまま体育館へ行かせてくれ。
そう願った。
でも、どうやら今日の俺はツイてないらしい。
「あっ夜久せんぱ…い…」
「…わり…苗字。後にしてくれるか。」
彼女は、体育館から駆け出してきたところだった。
俺のいつもと違う様子にすぐ気づいたようで、立ち止まるのがわかった。
頼むから、見逃してほしい。
そっと、してて欲しい。
しかし、彼女は俺の腕をガシッと掴むと「夜久先輩。」と静かに呼ばれる。
「私、マネージャーです。先輩より年下ですけど…先輩のことはよく見てきたつもりです。」
「…何がいいたいんだよ。」
遠回しな言い方をする名前に強い口調で問いかけた夜久。
「放っておける、状況じゃなことくらい、わかります。」
その言葉に、下唇を噛んだ。
悔しいなんてもんじゃない…
情けない。
ふっと笑った夜久に名前は驚き身を少し離す。
「んとに…さすがマネージャーだわ。」
「…夜久せ―…」
「なっさけねぇわ俺。」
彼女の声の上から重ねるように、強めに言葉を吐いた夜久は目をぎゅっと瞑ると彼女に問いかける。
「なぁ、苗字。俺、彼女つくっちゃいけなかったんだろうな。」
「…。」
彼女から返事はないが、俺の腕を掴んでいる手に力が込められた。
「相手してやれねぇのに…なんか、寂しい感じがすんのは…なんなんだろうな。」
「…っ…。」
彼女が顔を背けたのが分かった。
でもすぐに俺に歩み寄って、小さい体のくせに力いっぱい抱きしめた。
俺、コイツに、どっかで支えられてたんだろうな、ずっと。
小さい体に触れて、わかる存在。
後輩のくせに、すんげぇ包容力あるんだけど…。
悔しさと情けない感情が増す中、苗字が落ち着いた声高で言う。
「…私は、ちゃんと先輩がいるところにいます。学年は違っても…毎日部活で先輩のこと見てます。だから…寂しいなんて言わないで。私が、傍にいます。」
恐らく、彼女は泣いていた。
同情とかじゃないって、すぐわかった。
あぁ、お前もか…って思った。
「…おかげさまで…惨めになれるわ。」
夜久の体が少し屈むと、彼は肩を僅かに揺らす。
涙を流す姿を、初めて見た日。
おかげさまでみじめになれる
安心する場所があるから惨めになれる
-END-