Short Story | ナノ


▼ 人差し指が嘘をついた

練習着に着替え終えて、欠伸をする研磨の姿と、その横で着替える黒尾の姿。


「あ、夜久。」

「ん?」


黒尾の隣で着替えを済ませた夜久が部室を出ようとしていた。
着替えを続けている研磨の隣で黒尾が口角を上げる。


「名前連れて買い出しお願いね。」

「あー、おう。」


ガラガラ…と部室の扉が閉じられるのを見てニヤニヤする黒尾に研磨が口を開いた。


「何企んでるの?」

「企んでねぇよ。ちっと手助けしてやっただけだ。」

「…手助け…ねぇ。」


研磨は「どうでもいいけど…」と呟いた。
夜久は体育館に行き、マネージャーの姿を見つけると名前を呼んだ。


「名前ー買い出しいくぞー。」

「へっ夜久先輩と?!」


少し嬉しそうな顔をしたマネージャーに周りにいた1年生と同様、夜久も思った。


「お前、すんげぇ嬉しそうだな?」

「え。」


一気に顔を真っ赤にする名前。


「素直でいいな。そういうとこ好きだよ。」

「へ…」

「まぁ、俺にだけならな。」


ニヤッと笑って、「じゃあ行くぞ。」とNEKOMAと書かれたジャージが靡いた。
「は、はいっ」その背を追うようについていく。

その二人を見送り、研磨と黒尾が体育館へ入っていった。


「あ、あの。」

「ん?」

「さっきの…って。」

「あー…だって、名前、俺の事好きだろ。」

「え。」


住宅街のど真ん中で立ち止まる名前を振り返りみる夜久。
彼の表情は至って冷静だ。


「だから、俺に素直な分にはいいよって。」


それだけ言うと歩き出す夜久に駆け足で寄る。


「あの…夜久さんは、好きなんですか?」

「何が?」

「その…」


私のこと…なんて、恥ずかしすぎて聞けない。
そんなことねぇなんて言われてしまえば、この後の部活に影響してしまう可能性が出てくる。

いろいろ考えた結果「いえ…」と首を横に振った名前に夜久が前を向いて言う。


「素直じゃねぇ名前は好きじゃねぇなぁ…」

「…。」


冗談っぽく、かつ、不敵に言う夜久を見た彼女は口を詰むんだ。
ぎゅっと手を握りしめると、意を決したように彼女の口から問いかけられる。


「夜久先輩は、私のこと好きですか?」


頑張ってるマネージャーを見て、夜久は「だから好きだって言ってんだろ?」と平然と言って退けるが、恐らく彼の好きは彼女の思う好きではない。


「そうじゃなくて…私は、夜久先輩のこと本気なんです。」


立ち止まり、NEKOMAのその背に向かってハッキリ言う。


彼が振り返れば、そこで試合は終わる。
ぎゅっと目を瞑り、返事を待つ名前の耳に届いたのは


「名前。」


甘く耳元で囁かれた名前だった。

目を開けば、ぎゅっと抱きしめられている。
ドクンと、胸が鳴り響く。


「…じゃあ、帰るか。ほら、行くぞ。」

「うぁ…はい。」


小さく、でもハッキリとした言葉に名前は胸を捕まれた気分だった。


体育館へ戻ると、夜久のことを待ってましたと言わんばかりに不敵な笑みを向ける黒尾。

夜久が「なんだよ。」と問いかける。


「いーやー?何かあったのかなぁ?って、な?」

「…。」


黒尾が隣でボールを持つ研磨に同意を求めるも、彼は視線をふいっと逸らす。
夜久がその研磨の態度を見て「まぁ、お前の企んでることはわかった。」とだけ言い体育館の中央へ歩いていく。


黒尾が、その後に入ってきたマネージャーに問いかけた。


「名前、お前夜久となんかあったか?」

「う…え?」


黒尾の背後から、チラッと夜久が姿を見せた。
そちらを見れば、口元に人差し指が置かれている。


「いえ。特には…」

「チッ…面白くねぇなぁ。」

「性格悪いよ。クロ。」

「だって、アイツらいつまでたっても遊んでっから…」


本当は、何かあったけれど…


「俺もお前と同じ気持ちだ。」


でも、黙ってろって言われてしまっては…何も言えない。


いつまで嘘を貫き通すことができるのかは…わからないけれど。


人差しが嘘をついた
緩む頬を忘れずに


-END-

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