Short Story | ナノ


▼ ひとりごとどこへゆく

屋上。
空を仰ぎながら紙パックジュースを飲む名前の姿があった。
スカートが風にひらひら揺れて、胸元のリボンも煽られる。


「早く大人になりたい…」


その独り言は遠く空の彼方へなくなる。
嫌味なほどの真っ青な空を睨む。


何も楽しくない高校生活。
あと1年残ってる。

高校生が一番楽しいと、よく聞くけど…
そんなことないと思う。


「お、先約。珍しい。」


背後からの声に名前が振り返ると、黒尾が伸びをしていた。


…黒尾先輩だ。


彼は有名だ。
男子バレー部の主将でありながら、身長と人当たりの良さに女子たちがよく噂をしている。


なんでこんなところに…。


「なんで、こんなところに俺がって?」

「…こわ。」


口にしていたジュースから、口を話した名前の顔は恐ろしさに満ちていた。
口角を挙げた黒尾が「お前こそこんなところで何してんだ。」と歩み寄ってくる。


「苗字名前ちゃん。」

「え…」

「なんで名前知ってるんだ?って?研磨がお前に目ぇつけてたからな。」


髪を掻きながら隣まで来ると、柵を掴んで真っ青な空を見上げた黒尾。
その横顔を見ながら首を傾げる。


「孤爪くん…が、私に目をつけるとは…?」


空から視線を彼女へ向ける黒尾。


「ぜひ、バレー部のマネージャーに、ってな。」

「マネージャー?私が?」


眉間に皺が寄る。
いくら孤爪くんでも、私のこと甘く見すぎなのではないだろうか…だって、するわけがない。


「“早く大人になりたい”。そう思うんなら…」

「げ…」


この人、いつからいたんだろう?

先ほどの独り言は空の彼方へ消えていったはずだったのに…いつの間にか彼の元へ届けられていたようだ。


にやりと不敵な笑みを浮かべると言った。


「高校生活、充実させればいーんでないの?」

「…そうできるものならしたいですね。」


「じゃあ、決まりだな。」と柵に背を向けた黒尾。
空を見上げて笑う。


「うちのマネージャーになれ、そして…青春謳歌すればいい。」


簡単に言ってのける彼を不審な目で見ている名前。


「お前、知らないだろ。音駒のバレー部は…強いぞ。」

「まさか…全国大会出れるほどではないでしょ?せめてベスト4。」

「ふざけてるんだろ?」


ギロッと向けられた視線に、嘘偽りがない。
名前は「うそでしょ…」と固まる。


「騙されたと思って…マネージャーしてみろよ。」



この人、本気で言ってるんだ。
名前は体育館へ視線を向ける。



「そしたら…音駒来て、バレー部でマネージャーして…俺に出会えてよかったって、思い返すことになるだろうな。大人になったときに。」



「下手すりゃ、卒業なんてしたくねぇって思うだろうねぇ。」と自信満々に言ってのける黒尾に、名前は目を見開いた。



なんて…人なんだろう。



「…全国、連れてってくれますか?」



その言葉に、黒尾は口角を挙げた。



「バレー部、入ってくれたらねぇ〜」


ひとりごとこへゆく
空の彼方へ消えてゆくのです


-END-

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