Short Story | ナノ


▼ くしゃみ3つは恋の噂

『ぶえっくっしっ』

「なんで冬って寒いんだろ。」


部室、春高予選の決勝を控え、今日も部活を終えたバレー部員たちが口々に寒さに対して文句を言いながら身を震わせる。

汗をかいた体に、寒さは大敵である。


研磨の隣で盛大なくしゃみをした山本を怪訝そうに見つめ、研磨が寒さに文句を言う。


『いいか?地球の動きには二通りある。1つ目は太陽の周りを地球が回ること、これを公転。もう一つは、地球も自ら回ってること、これを自転という。』

「…いいよ、理屈なんて。」


細かな説明を始めた黒尾に、研磨がだるそうに視線を彼とは反対へ向ける。
そちら側ではそちら側で山本が再びくしゃみを構えていた。


『ぶえっくし…』

「…はぁ。」


もう嫌だ、帰りたい。と研磨は思った。

くしゃみを先ほどからしている山本に黒尾が『おいおい、この時期に風邪だけはやめろよー』と忠告するも、くしゃみをさらにする山本はブルッと身震いをした。


『うぅっ…寒いなぁほんっとに。』

「…虎、すぐ上着ないから。」

『うっ…』

『え?そうなのか?』


研磨の一言にギクッとした山本は疑いの目を向ける黒尾に全身で否定する。
その姿はまだ制服のワイシャツを着ているだけの状態で、夜久が『山本、さっさと服を着ろ。それ以上風邪こじらせたらエースから退かせる。』と恐ろしい言葉を口にしたため、山本と、それを聞いていたリエーフがなぜかすぐさま上に着れるものすべてを身に着けた。


あとはブレザーを羽織るだけの研磨がネクタイを締めながら「ぶえっくしゅん」とくしゃみをする。

その瞬間、部員たちが着替える手を止め研磨を見た。


「…ぇっくしゅん。」


ズズッと鼻を一度すすると、相変わらず視線を浴び続けているそれを無視して研磨は黙々とネクタイを結ぶ。


「はっくしゅん…んー…さむ。」


三度目となれば、研磨はさすがに「寒い」と口に出す。
その姿に見ていた全員がマフラーを片手に研磨に近寄り、それらを彼の首元へぐるぐる巻いた。


「…なに、これ。」


みんな満足そうに着替えに取り掛かる。
研磨はマフラーに司会を遮られるほど重ねられ、中で「暑い。」と冬らしからぬ言葉を口にした。



「ぶっ…」


マネージャーの名前が、研磨の姿を見て笑いを堪える。


「取って…みんなに返さないと。」

「あっははっやばいっ写真撮る!」


研磨の首(もはや頭)に大量に巻かれたマフラー姿を見てケラケラと笑う名前。


「そっちのとってじゃないんだけど…」と言っている研磨の言葉なんて知らんぷりをして名前は携帯のシャッターを押した。

それから一本一本丁寧にマフラーを取っていく。


現れた研磨の顔はとてつもなく不機嫌な顔をしていた。


「くしゃみ3回もしたら、みんなも心配するよ〜。」


訳を聞いた名前と岐路を歩きながら相変わらず不機嫌な研磨は話す。


「過保護みたい。」

「ふふっ…そりゃだってねぇ?研磨だし。」


「あ、でもさ!」と何かを思い出したように名前は言う。


「くしゃみ3回は恋の噂って言うよね。」

「…恋?」


それを聞いた研磨はじろりと名前を見た。


「えっ違う。私噂してないよ?」

「じゃあ、違うじゃん。」


前へ視線を向けて歩く研磨。

その横顔にふふっと笑う名前。


「噂はしてないけど…考えはしてたよ?」


研磨は隣で幸せそうに自分を見ている名前をちらっと見て、マフラーに顔を埋めると呟いた。


「じゃあ、名前のせい。」


くしゃみつは恋の噂
でも、風邪かもしれない


-END-

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