▼ 今となっては昔のこと
音駒高校2年3組。
隣のクラス、4組には、研磨と幼なじみの苗字名前がいる。
バレー部に入ってからはあまり一緒に登下校することがなくなっていたが、今日バレー部はミーティングのみでその後久しぶりに黒尾と研磨と名前の3人で会う約束をしていた。
窓際にいつもと変わらずボーっとしている研磨の姿。
不意に耳に入ってきたのは同じクラスの男子生徒たちの会話だった。
中央で集まる男子数人。
ボーっとしている研磨と違って今どきの高校生という感じがその時はする。
バレーしているときは、少なからず青春を謳歌している感じがするのだが…。
欠伸をしながらゲームをしようとカバンを探る。
『そいやさ、お前苗字と別れてから彼女できたのか?』
“苗字”という名前に、研磨は反応せずとも耳はしっかり傾ける。
ゲームの電源を入れたと同時に名前の元彼氏が口を開く。
『いや?できねぇけど。…正直言うと後悔の方が大きい。』
名前から、話は聞いていた。
“フラれた!”と、電話がかかってきた。
“何でなのか、聞いたの?”と問いかけると、“好きなのかわからなくなったって言われた”と言っていた。
なのに…“後悔の方が大きい”か。
心の中でふっと笑っているのだろう研磨の表情は、全くの無表情だった。
ミーティングを終え、門で待っていると言っていた名前の元へ向かう研磨。
黒尾は監督と話があるらしく少し遅れるそうだ。
門で靴の先を見つめて待っていた名前にホッとする研磨。
彼を見た名前が「お疲れさま。」とほほ笑む。
「クロ、ちょっと遅くなるらしいから…もう少し待ってよう。」
「うん。わかった。」
休み時間に、元彼氏が名前のことを後悔するのも無理はないのかもしれない、と少し思う研磨。
でも、名前だってフラれた身である以上…そんな後悔、許すわけがない。
「名前。」
「ん?」
「…彼氏のこと、もういいの?」
別れてからいくらか経つが、別れた日から彼氏のことは何も聞かないようにしていた。
フラれた相手のことなんて、きっと思い出したくないだろう…と思っていたからだ。
しかし、彼女は表情を暗くすることなく「うん。もう昔のことみたいな感じだよ…」とヘラッと話してしまう。
研磨はそんな彼女の様子に何の違和感も感じなかったため、よかったと思った。
「名前のこと、話してた。」
「えっ悪口?」
「ううん。“後悔してる”って言ってたよ。」
そう話すと、彼女はニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「ふざけてるね。私をなめてる。」
『名前の良いところに後々気づいたんだろー。』
「クロ…」
「鉄朗…」
遅くなった。と制服に身を包んだ黒尾が来た。
3人で学校を後にする。
『気づくのが遅いんだよ。』
「…鉄朗…こんなに身長高かったっけ…?」
「寝癖で割り増し。」
『おい、研磨。聞こえてるぞ。』
名前の女としての良さを語る黒尾の隣を名前が歩き、その隣を研磨が歩く。
名前は黒尾の話に耳を傾けながらも、ちょくちょく研磨に「そう?」と確認をとる。
研磨は「クロは、名前が好きだから…」と言うと名前が「それってさ、シスコンと同じ感じのやつでしょ?気持ち悪い。」と会話を聞いた黒尾が呆れた顔を向ける。
『気持ち悪い言わないでくれませんか。」
「素直な気持ち。」
「そうそう〜。」
『いや、重要だけどさ…』
俺、胸が痛いわ。と胸のあたりを手で押さえる黒尾の姿を見て、名前がふっと笑う。
「私ね、好きな人いるんだ!」
その発言に、黒尾は『さらに…俺の胸が…』と蹲る仕草をする。
研磨は「へぇー。」とあまり興味がなさそう。
しかし、研磨の心の中は少しどんより曇っていた。
そんな二人に名前が言う。
「だから、これからはその人の話聞いてよ。」
「…酷なこと言うんだね。」
『俺もう言われなれてるわ。いくらか名前の言葉に対しての免疫がついてる。』
「俺もつけたい。」
「こら!研磨!あなたはつけなくていい!鉄朗はそのままでいい。」
「え?」
『は?』
わかっていても、しっかり言葉で聞きたいものである。
研磨の心はすでに晴れ渡っていた。
今となっては昔のこと
あしたの天気は晴れ
-END-