Short Story | ナノ


▼ 黙りこむなら抱きしめて

真夏の炎天下の中、ランニングから帰ってきた音駒バレー部員たち。
「あっちぃー」とシャツをパタパタする部員たちの中に、一人脱ごうとした者がいた。


「おい、リエーフ。夏休みでもそれはだめだ。」と主将に止められ、シャツにかけた手を元に戻す。
その様子を見て笑っていると、夜久の目に留まった一人の女子生徒。


おぉ、夏休みでも気ぃ抜けねぇな。とリエーフのように自分も気が緩むこの夏休みに反省をしていたら、見覚えのある顔のような気がした。

彼女の視線がわいわいとうるさいバレー部へ向けられる。


夜久と目が合い、彼女はぎこちない笑顔で手を小さく振った。
夜久はそっと彼らから身を離し、消えた彼女の後を追った。



「苗字。」

「えっ…部活中じゃないの?」



不安そうに目の前に現れた夜久に問いかけた彼女に「さっき走ってきたばっかだから、今から休憩。」と返す。

そっか、と柔らかく微笑み視線を俯かせた彼女。



「そいや、アイツとうまくいってんの?」



彼女と同じクラスメイトである夜久は、度々彼氏と一緒にいるところを目撃していた。
以前に少し悩み相談を受けたりもしていたため、少し気になって聞いてみたのだ。

しかし、彼女の反応はあまり良いものではなかった。



「あー…別れたんだ。夏休み入って少ししてから。」

「は?…向こうから?」



彼女は視線を真下へ落とすと拳をぎゅっと握りしめた。

夜久は、彼女がとても彼氏のことを大切に思っていたのを知っている。
そして、“大好き”だという気持ちもしっかり持っていることも。


その上では、彼女から別れを切り出したとは思えなかった。



「うん。」



頷くとゆっくり顔をあげてヘラッと笑って見せた彼女。



「私のこんな気持ちじゃ、だめだった。」



情けない、という気持ちが、彼女を無理に笑わせているのだろうか?
そう思うほどに、彼女の心の中の感情がその作った笑顔にすべて出されていた。


夜久は「笑うなよ。」と静かに吐き捨てる。
笑うのをすぐやめた彼女の顔はどんどん曇っていく。


やっぱり…笑ってないと、平常心が保てないんだ。


それほどの気持ちを持ってて、すんなり別れてしまった彼女に「バカだろ。苗字。」と呟くと同時に彼女に歩み寄ると曇った顔を自分の方へ引き寄せた。



「…なに、これ。」

「何も言わないより、マシだろ。」



「泣けよ。」
そう言って、彼は彼女の気持ちが少しでも軽くなればいいと自分の胸を貸した。


黙りこむならきしめて
そっとしておいて欲しいときだってある


-END-

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