Short Story | ナノ


▼ 不意に心を疼かせた


(nuit様企画小説 幼なじみ)


春を迎え少し経った頃、まだひんやりした空気が占める東京都内の朝。
音駒高校へ通い始めて2年目になった名前と研磨。
3年目になった黒尾。

珍しく、幼なじみ3人で学校へ向かっている。

名前の数歩先を歩く二人は、バレー部に入っており、部活に入っていない名前とはなかなか一緒に登下校することが難しい状況であった。


しかし、部活を終えた後や休みの時は黒尾が名前と研磨を呼び出し誰かの家で集まることが頻繁にあり、部活に入ったからといって幼なじみとしての仲は壊れることはなかった。



後ろから名前は、並ぶ二つの背をボーっと見つめる。


この二人と登校なんて、いつぶりだろう?と記憶を遡っていると二人で会話していたのに突然振り返った黒尾。



ジッと彼女を見つめる目に、思わず足を止めた名前は「どうしたの?」と、問いかける。



『…机の上にきょう提出の課題置いたままだわ…。』

「え。」

「…何やってんの、クロ。」



研磨の声を機に、名前の肩から力が抜けた。
黒尾は顔を引きつらせ『…まだ間に合うよな?取ってくるわ、先行っててくれ!』と駆け出す。



「次の電車でぎりぎりだよ…って、聞こえてないよね…。」



黒尾の背に向かって言ってみたものの、もうすでに声の届かないほど先へ背中があった。
研磨が「行こ。俺たちまで遅れるのはやだ。」と名前を促すと歩き出した。


間に合うかな、と黒尾を心配しながらも名前は研磨の背を追った。



「名前に聞きたいことがあるんだけど…。」



駅に向かって歩いていると研磨が視線を隣で歩く名前に向ける。
向けられた本人は「なに?」と首を傾げた。



「昨日、うちのクラスの人に告白されたんでしょ。」

「げ…何で知ってるの?」



幼なじみ二人には知られたくなかった名前。
特に研磨には、特別な感情を抱いている。

同じクラスの研磨に知られる可能性が一番高かったため、知られないことをただただ願っていたのにこの有様だ。



「聞いた瞬間、なんで名前なんだろう…って思った。」



研磨の言葉を聞き、教室で名前に告白した男が話していたことがわかる。
それと同時に研磨の言葉に引っかかる。



「それはどういう意味で言ってる?」

「…嫌だ。って。」




予想外の返答に名前はドキッとした。



「話してるの聞きながら、思ってた。“名前の一番近くにいるのは俺なんだから”って。」



「調子乗らないでよって思った。」と言う研磨は話を聞いたときの胸の痛みを思い出し眉間に皺を寄せる。
名前は研磨の話を聞きながら高鳴る胸を押さえるのに必死だった。

そんなこと、思ってたんだ…と嬉しく思う反面、研磨のことだから、深い意味はないんだろうな、と気分が沈む。



「ただの幼なじみだし…彼氏でもない限り言えるような言葉じゃなかったから言えなかったけど…。」

「そうだよねぇ…。」



無理に、笑おうとした名前の顔は苦笑いとなって表れていたに違いない。
研磨は「聞いた時…」と口を開くなり視線を名前から反対へ向けた。



「彼女にしておくんだった、って思った。」

「…え?」



驚きのあまり研磨に視線を向けた名前だったが、研磨の視線は反対側に向けられている。


顔が、見えない。
どんな顔をして、そんなことを言ってるんだろう。


頬が赤くなるのを自分で感じながら、名前は研磨の顔を伺おうとジッと見つめた。
そんなこと知らず研磨は話を続ける。



「彼女だったら…“俺から大切な人取らないで”って言えたでしょ…?」

「ふふっ…」



名前は自信なさ気な研磨に思わず笑みを零した。
「何もおかしくない…」と相変わらず眉間に皺をよせた表情をしている研磨の横顔が目に入った。



「なんで自分の気持ち、私に言えるのに、相手には弱気なの?」



という名前の発言を聞いた瞬間、研磨の視線が彼女へ向けられた。



「言うのは、いくらでも言えるけど…名前を手に入れる自信が、ない…」



研磨の言葉に名前はくすくすと笑う。
研磨らしいな…と思ったのだ。

「私を“彼女にしとくんだった”って思った研磨はどこ行ったの?」と聞く名前に視線を向けた研磨は「あれは…突然のことだったから…勢いで…。」と難しい顔をする。


「今は…怖くなった。」



名前は今度は声を出して笑った。

研磨の気持ちは、十分伝わった。
好きの二文字がなくったって、ストレートな言葉の連続は確かに彼女に伝わっていた。


「ねぇ、研磨。」と研磨に視線を向け、笑顔を見せた。


「私の心はとっくに研磨のものだよ?」



それを聞いた研磨は「やっぱり言わなきゃよかった…」と今更後悔する。そして「…告白なんかされるから。」と、ムスっとした表情を見せる。

名前はそんな研磨を可愛いな、と思った。



「でもそのおかげで研磨の気持ち知れたから、私はよかったかなぁ〜」

「…名前、性格悪いよね。」

「えぇ…」



でも、本心なんだよ?と研磨の顔色を伺いながら歩く名前に、研磨は口角を上げた。



「でも…そういうとこ好き。」

「っ…」



研磨と付き合ったら、彼の言葉に翻弄されそうだ、とこの時名前は思った。


不意に心をかせた
きゅんとするよね


-END-


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