Short Story | ナノ


▼ こんなに好きだってのに


研磨と山本と親しげに話す名前の姿を見て首を傾げた。
ドリンクを片手に首から汗が伝っていく。


「どうした?夜久。」


俺の視線にいち早く気づいたのは、隣にいた海だ。
その声のおかげで我に返り、伝う汗がとても不快に感じた。

タオルで汗を拭いながら名前をじっと見る。


「いや…気のせいか。」

「苗字か?」

「おう。今日いつもと何か違うくねぇ?アイツ。」


海が名前に視線を移したが「特に何も変わらないんじゃないか?」とスマイルを向けた。


まぁ、海が言うなら、俺の気のせいか。


首を滴る汗を拭ったところで、丁度休憩が終わった。
乱雑に置いたボトルとタオルを気にも留めずコートへ入った。


「ちょっとやっくーん。」

「やめろ。その呼び方。っつか気持ち悪いなぁその手なんだよ。」


恐らく今日最後の休憩になるであろう、時間。
首にタオルをかけた黒尾がどこかの奥様のような手つきで俺を呼ぶ。

自然と顔が引きつるのがわかった。


「カノジョやるじゃねぇの。」

「は?何のことだよ。」


隣に並ぶように立った黒尾が俺を見下しながら話す。
正直隣に並ばれるのは嫌だ。


「そんなに怒んなよ…座るから。」

「わかってんならすぐ座れっ」


俺の顔を見て察した黒尾がしゃがみ込む。
その黒尾に「で、何のこと?」ともう一度問いかけと視線を名前へ向けた。


「今日チョー可愛いんだけど。」

「お前、それいつものことだろ?」

「いや、違う。」

「じゃあ何?」


黒尾はいつも名前のことを可愛い可愛いと言ってくる。
俺をいじってるつもりなんだろうけど、それが有効だったのは初回の一度だけだった。

今回もまた同じパターンか、と呆れたが黒尾の様子がいつもと違った。


「…化粧してね?」

「……は?」


黒尾の発言には、耳を疑った。
高校自体、化粧は校則違反に値する。

しかし、最近よく見ればナチュラルメイクとやらはどーやらセーフらしい。

名前もするようになるのかな…なんて考えていた矢先に、これだ。


何か違うと思った訳もわかって、一石二鳥といいたいところだが、そんなこともうどうでもよかった。


「…や、夜久?」

「…。」


黒尾のみならず、部員全員、いつからかわからないがもしかすると朝からなのかもしれない。

今日に限って面と向かって話してないしな…。


そんなことを考えながら、自分自身の中にこみ上げてくる感情を抑えていたが、黒尾には恐ろしい顔をした俺が映ったことだろう。



部活が終了し、さあ着替えようとしていた彼女の腕を掴んだ。
振り返った彼女の顔をそのまま間近に観察する。

見る見るうちに彼女の顔が赤くなっていくのがわかった。


…こんなにかわるもんなの?
ちょっとしてるだけじゃねぇの。


「や、夜久?」

「いつもと違うな、とは思ってたけどまさか化粧だったとはな。」

「っ…」


見るなと言わんばかりに顔を背けた彼女の反応を見て、「もう遅いぞ。」と言うとチラッと視線を向けてきた。

頬をほんのり赤くして、黒尾がチョー可愛いって言うのもわかる。


「や、夜久が悪い。」

「…どういうこと?」

「…最近、可愛いって言ってくれなくなったから…怖くなって…」


だから、化粧して俺に可愛いって言わせようってことか。
…ってか、可愛いって気にするほど言ってたか?俺。


視線を落とせば、俺の様子を伺うように視線を挙げている名前の姿がある。


…黒尾が可愛い可愛いって言うから、言わないようにしてたのかもな。


少し、彼女を不安にさせていたことを実感し視線を逸らすとありったけの感情をそのままぶつけた。



「こんなに好きだってのに…」

「…え?」

「まだ、わかんねぇの?」



詰め寄れば、そのまま身を固くする名前。



「いつも言わないだけで、すげぇ可愛いって思ってるよ。」

「?!」



素直に驚いた顔をして、耳まで真っ赤にしたその顔を隠す彼女の顔をじっと見る。



「わかったら他のヤツに見られる前に落としてこい。」

「…はい。」



-END-

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