Short Story | ナノ


▼ そっけないやさしさ


小さい頃から、研磨は研磨だった。


「研磨〜朝練だよ。」


毎朝、研磨の部屋に入るなり、彼を起こす役割を果たしてきた。
幼馴染みとして。

私はマネージャーでもなければ、研磨の彼女でもない。


“幼馴染み”として彼を起こしているのだ。


毛布を口元まで被り、身を震わせて「寒いから出たくない。」ともぞもぞする研磨を見て、欠伸を一つするとまだ起きていないボーっとした頭で彼の毛布を剥いだ。

研磨はぎゅっと、目も手も足も縮めてぶるぶると震える。


「名前って優しく起こしてくれたこと、一度もないよね。」


そういわれれば、そうかもしれないな…と思いながらも口にはせず、ただ、一つだけ確実な理由が隠されている。


「…それは、研磨もでしょ。」


その瞬間だけだったけれど、彼がうっすら目を開き、私を見上げると「そうだっけ…?」なんて平然と言ってのけるあたり、肝が据わってると名前は思った。



「私が転ぼうが、熱を出そうが…研磨は優しくしてくれない。」



いつになく、素っ気ない名前を不思議そうに見る研磨の視線から消える。
研磨を残してドアを閉めると、呟く。



「何も変わらないね、研磨は。」



これだけ一緒にいれば、もう、特別な目では見てくれない、違う、見ることができないのかもしれない。

悲しく瞳を揺らした名前は階段を下りると、そのまま玄関で靴を履き学校へ向かった。



「あれ、名前?」

「あ、黒尾。」

「黒尾はやめろ。」



せめてクロにして。とスポーツバッグを肩に欠伸をする黒尾を見上げる。

「なんでクロは優しいのに研磨は優しくしてくれないんだろう。」とぼやく。



それを聞いた黒尾がふっと笑う。


「研磨が誰にでも優しいか?」

「…いわれてみれば。」

「だろ?」

「…でも、もう、言っちゃった。」


「え。」と視線を落とす黒尾。
名前は口を尖らせている。


「まじ?」

「…。」


その時だった。
ざまあみろ、と言われるかのように足元の段差に気づかず躓いた名前。
派手に転んでしまった。


「っ…いった…。」


制服のスカートから覗く脚をそっと身を起こしながら覗き込む。
擦り傷になり、出血していた。

それもそのはず、地面は都内では当たり前のコンクリートだ。
反射的に出された両掌がジンジンと痛む。
共に膝の傷の痛みも感じる。


顔を渋らせ、とりあえず下手に触らず近くの公園か何かで水道を探そうと思った。

黒尾が鞄を腕から取り、「おいおい、大丈夫かよ。」と傷を見る。


「…クロを好きになればよかった。」

「は?何言ってんだ、お前。頭も打ったか?」


そう言って手を伸ばした黒尾…だと思った。


「…ほら、いくよ。」


それだけ言うと、手首を引っ張っていく研磨。

目の前の彼を見て「あれ、いつからいたんだろう。」と考える。
でも、たぶん…


「…ズルい。」

「それは名前。先行くなんて聞いてない。」


「しかも転ぶって…」と何か言いたげな研磨の言葉が聞こえてきて眉間に皺を寄せる。


「クロと登校するから研磨はいいやと思って。」

「それは…本気で思ってる?」

「…思ってない。」



「とりあえず、学校より近いから…そこの公園に行くよ。」と振り向きもせず、言う研磨。

名前は顔を俯かせた。


こうやって、不意に出す幼馴染みの優しさは…たまらなく心に染みて、いつものそっけない彼を、一瞬でどうでもよくしてしまう。

そんな彼に、妙に惹かれる。

っけないやさしさ
…に、心打たれるだろうな

-END-

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