▼ しあわせそうな寝顔の隣
*長編番外編
いつも、名前の周りには明るさと笑い声が絶えない。
その姿を見ると、俺とは全く縁のない人のような気がして…少し、寂しくなる。
面倒くさい日直の日。
日誌にある空欄を適当に埋めていく。
グラウンドからは野球部が走っている掛け声がする。
放課後は開放的な教室の扉、前後共に開け放たれた扉の向こうには誰も通らない廊下が見える。
ぼーっと誰もいない教室を見渡せば、いつの間にか前の扉に部活の真っ赤なジャージを着たなまえの姿があった。
目が合い、笑顔を向けた彼女は「研磨来ないから探しに来た。」と教室に入る。
「虎に言ったのに…聞いてないの?」
「聞いてない。」
そう返せば彼女は日誌を覗き込み、「まだかかりそうだね。」と隣の席に腰をおろした。
「クロに怒られるよ。」
「怒られないよ。言ってから来たんだよ?研磨に会いたくて。」
平然とそんなことを言った後、彼女は頬杖を付いて隣の研磨を見ると照れ笑いをした。
「同じクラスなったら、こんな感じかなぁって思うね。」
「隣の席は難しいと思うけど…」
「夢を崩さないでよー…研磨と同じ時間に同じ教室で同じ授業受けれるなんて…幸せだなぁ。」
「いーな…研磨と同じクラスの子達…」と机に顔を伏せた名前。
きっと、このクラスに、そう考えてくれる人はいない。
名前だけが、思ってくれてる。
おれも、そう思うけど…たぶん、名前にはいっぱいそう思ってくれる人がいる。
おれとは、ちがう。
書き終えると同時に、隣を見た研磨はぎょっとした。
…寝てるし。
よくこの短時間で…。
立ち上がっても、音を立ててもピクリともしないその表情。
幸せそうに眠っているその姿を見て思う。
…誰か、他の人も名前の寝顔見たことあるのかな。
この時ばかり、少し思った。
…おれだけに見せる、何か特別なことの一つになるのかも。
付き合ってから、彼女の名前は研磨か見たことない姿をよく見せてくれるようになった。
でも、まだまだ知らない姿があるのだと思うのは…彼女がクラスの人達と楽しそうに話してる姿を見たとき。
…あんな風に、笑うんだ。
自分に向ける笑顔とは、ちがう笑顔を見せる。
その度に、寂しい。
全部…
「全部、知りたい。」
そうすれば、この寂しい気持ちは薄くなるはず。
眠る彼女の肩をそっと揺する。
「名前。書き終わったよ。」
「…だめ、そっちは奈落の底…」
夢の中の名前は、どうやら奈落の底の手前にいるようで、ぎゅっと手首を掴まれた。
名前の細い指が、研磨の腕を掴んで離さない。
はぁ…と溜め息をつけば、もう一度声をかける。
「名前ってば、」
ガバッと身を起こした名前は、瞼を開くと辺りを見渡す。
最後に研磨を見るなり、目を大きく見開いて勢いよく両腕を掴まれた。
「研磨っまだ…い……あれ。」
「…夢。」
頭を撫でた研磨。
腕を離す名前は、現実をやっと把握したようで頬を真っ赤に染め上げた。
「ち、ちがうっ」
「なにが?」
「う…」
首を僅かに傾げる研磨に、視線を落とした名前。
「す、すきですっ」
顔を赤くして、目をぎゅっと瞑って、袖をぎゅっと握っている彼女。
「…うん。知ってる。」
「違うの…私が伝えたいのはそういう好きじゃなくて…ただ好きなんじゃなくてね?」
ぐいぐいと袖を引っ張る名前に何が言いたいの?と思う研磨。
「好き…なの…」
切なそうな、恥ずかしそうな、なんとも言えない表情で真っ直ぐ見つめられては、こちらとしてはたまったものではない。
「…名前は、おれにどうしてほしいの?」
必死にそれを伝えて、おれを繋ぎとめておく必要…全くないのに。
むしろ…
「離すつもりないし…。」
おれが、いつも離されそうでこわいのに。
「名前、おれといるときは友達といるときみたいに笑わないけど…楽しくない?」
「えっ…ちがっそれはちがう!好きな人だから…」
顔を相変わらず真っ赤にしたまま、視線は真っ直ぐ向けてくる。
あ、この顔…友達といるときには見たことない。
そう思ったと同時に名前の口から
「可愛いって、ちょっとでも思われたいから…」
そんなことしなくてもいいのに…
「名前の、友達が羨ましい。」
「なんで…?」
「見たことない名前がそこにはいるでしょ。」
「おれにも見せて。全部。」と名前の肩を抱き寄せるなり、その肩口に額をのせた。
この時の名前の顔もまた、彼氏にしか見せない顔だということを知りもしない。
日誌を出して、体育館へ向かう二人。
「よくあの短時間で寝られるよね。」
「研磨の隣落ち着くんだよねー。」
研磨がそばにいてくれたらもう…と微笑む名前。
「普段、学校で眠れないから、びっくりしたけどね。」
「寝てたけど…」
「寝てたけど…それは研磨がいたからだよ。」
あー。と僅かに口を開く研磨。
彼女の寝顔を思い出して柔らかい表情をした。
「幸せそうな顔してたね。」
隣を歩く名前が研磨を見る。
その表情を見て自然と口角が上がる。
「研磨の夢見てたからね。」
「奈落の底の方がメインだと思うけど。」
「それは忘れて。」
また少し、距離が近くなった二人だった。
しあわせそうな寝顔の隣
いつでも可愛いと思ってる
-END-