Short Story | ナノ


▼ 高く飛んだシャボン玉

体育館の横。
セミの鳴き声が忙しなく聞こえてくる。
耳を塞ぎたくなるほどに


「うるさい…」


真夏。猛暑。
音駒バレー部員と同じ真っ黒なシャツを着て、マネージャーを頑張っている彼女。

しかし、そのやる気が、つい先ほど一気になくなった。

3年のリベロ、夜久のことが好きだったが…
水浴びをして遊んでる部員たちにタオルを持っていこうとした時―…


『夜久、お前この間告白してきた女と付き合ったってマジか?』


主将であり、同じく3年の黒尾が水を浴びる夜久に問いかけたのだ。
リエーフや山本が声をなくし、しーんと静まり返るその場には、ホースから流れ地面に叩きつけられる水の音とセミの鳴き声がしていた。


『あー、うん。』


たった、その一言返事で、名前はとてつもないショックを受けた。
同じくその返事を聞いた部員たちはわいわいとはしゃぎ出し、『どんな彼女さんなんですか?』と聞く。

名前は耐えられず、その場を引き返した。
幸い誰にも姿を見られずその場を去ることができた。
…かといって、あまり姿を現さずにいれば不審に思われ、黒尾あたりが探しにくるだろうと思い、少しだけ心を落ち着かせるべく体育館の横へ来て身を隠していた。

もたもたしすぎたのだろうか…?
いや、告白してたってうまくいってたとは限らない。
でも、これほどに後悔をするなら、告白しておけばよかった。

そうすれば、ここまで悔しいことはなかった。

バレー部に入って、交わしてきた言葉の数々を思い出しては…涙を流す。
そこに、シャボン玉を手にした者がやってきた。


「…いた。探した。名前。」


同じ学年でセッターをしている研磨だ。
おそらく、一番仲がいい。といっても過言ではない。
彼には夜久のことを話していたし、あの場にもいただろう。
大体、彼女が泣いていることに検討はついていた。


「クロが、タオル遅いって…」

「うん。ごめん。」


「いこう。」と立ち上がる彼女を見て、「はい。」と手にしていたシャボン玉液の入った小さなボトルと、シャボン玉ストローを手渡す。


涙を拭い、受け取る名前はそれを見て思わず笑ってしまう。


「ふっ…なに、これ。」

「名前は、水浴びしないだろうから…ってクロが。」


「あと、俺の分もくれた。」とポケットからそれを見せる。
黒尾の優しさに微笑む名前は「私、シャボン玉好きなんだよね。」と言う。

研磨が「ここ、涼しいし。一緒にしよ。」と座り込み、ボトルの蓋を開けた。

名前は彼の横に腰を下ろし、同じくボトルの蓋を開けようとした時、視界にいくつものシャボン玉が目に入った。
手を止めて隣の彼から作り出されたシャボン玉が夏の青空へ向かって高く高く舞い上がっていくのを見上げて。

この気持ちと共に、飛んで行ってほしいと願い、口をゆっくり開いた。


「ねぇ、研磨。」

「…。」


シャボン玉を吹き続けながら、視線をチラッと彼女へ向けた研磨。
聞いてるよ、という返事だ。


「マネージャー、頑張るね。」


その一言に、研磨は口からシャボン玉ストローを外して、ボトルに入れる。


「うん…俺も頑張る。」


「名前が泣かないように。」と付け足し、再びシャボン玉をたくさん作り出す彼に、笑う。


「ありがとう。研磨。」


そう言って彼と競うようにシャボン玉を作り出す名前は、とても良い顔をしていた。

高くんだシャボン玉
この気持ちを飛ばす

-END-

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