彼女の負けず嫌いは時に厄介です。
「ただいま〜」
「お邪魔します」
「って言っても誰もいないけどね」
本日は日曜日。
名前と研磨は午前中の部活を終えて、真っ赤なジャージを着たまま彼女の家に訪れた。事の発端は彼女である名前だ。
「…名前」
「…」
「名前」
一番乗りで体育館に来ていたらしい彼女だが、朝、来たばかりの研磨に部員たちが口々に告げるのだ。
「うわの空なんだよ」と夜久。
「名前さんと喧嘩したんですか?」と犬岡。
「元気ないよな、名前さん」と山本。
終いに…
「名前さんと喧嘩したって聞きました!」
「してないし、言ってないから」
元気Maxなリエーフが大きな声で間違ったことを言う。
喧嘩なんてしていない。
少なくとも自分が知っている限りではない事情であるはずだ、と彼女に声をかけるが気づいていない。
少し大きめの声を出して呼んでみると、「あ、研磨。おはよ」と柔らかく微笑む。
顔を見て思ったことが一つ…二つ…。
「元気ないね」
「え…っと…」
彼女が視線を落とした。
追い打ちをかけるように、核心をつく。
「寝てないでしょ…勉強でもしてた?」
「え?!」
大きな声を出して口元を抑える名前。
…図星。
「け、研磨だって寝てないでしょ」
「なんでわかったの?」
「いつものことじゃん」
またゲームしてたんでしょ、と困ったように笑う。
「…珍しいね」
「ん?」
名前は、苦手な科目があっても、テストが明日からという状況下で徹夜してまで勉強しているのは、研磨が知っている中では初めてのことだった。
おそらく明日テストなため今日は徹夜しないだろう。
そしていつも余裕を持って勉強してる彼女のことを考えると…何の科目を勉強しているのか、当てるのは容易だった。
「徹夜するほど苦手なんだね…数学」
「Uはできるもん」
「Bがダメなんでしょ」
「ねぇ、あれの何が為になるの? 私TとAができたらもういいんです」
「出た…名前の屁理屈」
「Uはできるよ?」
「Bは?」
「…教えてください、お願いします」
負けず嫌いも、ほどほどにしてほしいと思う。
…ってか…
「もっと甘えればいいのに」
つい、口にしてしまった。
ムッとする名前。
…やっぱり。
「なんで研磨はバレーとゲームもしてそんなに余裕があるの?」
「…」
見えないところで努力をしているのである。
「…天才?」
「…そんなんじゃないよ」
一度読んだだけで理解できるとか、そういう才能のことを言うのだろう。
少なくとも自分は、勉強していないとは言えない程度している。
「名前だって今までそんなことなかったじゃん」
「…勉強してたから」
「俺は知ってるよ。名前が前もってできないとこ克服してるの…いつも学年上位に居続けるのはそう簡単なことじゃないでしょ」
研磨の真っすぐな目を見て、泣きそうになる名前。
「研磨、よく見てる」
「名前は運動できるから勉強しなくていいよ」
「やだ。研磨を抜かす!」
「俺がやだ…それ」
「そんなこと言っておきながら私に数B教えてくれるあたり余裕があるんだっ」
「……」
なかったら教えないなんてことはないけど…ないときは教えられることがないと思う。
「じゃあ部活終わった後、家ね」
「うん」
というわけで彼女の家に来たわけだけど…
-【そして、お互い徹夜なのです。】へ続く-