嫁にはやらん!夜久VS結葵!
ある日の平穏な音駒高校、3年5組の教室。
いつもと何も変わりのない、姿を見せていたそこで苗字結葵はサッカーボールを机の上に置いてボーっと隣の人物を見ていた。
「やっくん〜。構って。」
「いいけど…何すんの?」
優しい夜久は結葵のお願いを容易に受け入れる。
「さすがやっくん!優しいなぁお前!」と褒めるがそれも受け入れてくれたためであることを夜久は知っている。
「もちろんこれを見よ。」
バンと机に乗っているサッカーボールを叩く結葵。
夜久は「バカか。雨だっつーの。」と言えば結葵の背ではザーザーと降り続ける雨の音。
そう、結葵の机の上にあるボールは、外でできないためそこに存在しているのだ。
「えー…じゃあ恋バナ。」
「お前彼女いねぇじゃねぇか。」
「ぶはっ」
「笑うなっ黒尾っ」
提案したものの、当の本人に大切な存在はいない。
夜久に突っ込まれた挙句、前の席の黒尾が笑う。
結葵のつまんない。と言わんばかりの膨れた顔を見た夜久が恋バナらしい話を持ち出す。
「苗字は結婚したいとか思う?」
「思う!俺こども好きだからこどもほしいし!」
「こども“だけ”欲しいの間違いじゃねーか?」
「やめろお前!そうやって俺の好感度下げようとすんな!」
ケラケラ笑う黒尾を睨む結葵に夜久は「へぇ〜こども好きなんだ。」と意外そうな顔をした。
「そう。無邪気で可愛いじゃん?」
「お前じゃん。」
「え…俺可愛い?」
「何でちょっと嬉しそうなんだよ…気持ち悪いのはシスコンだけにしろよ?」
「俺の名前への愛情舐めんなよ?美学だぞ。」
真顔で言う言葉ではない。
結葵の真剣な言葉に吹き出すように笑う黒尾。
「…っつか俺はこどもじゃねぇ。」
「時差がすげぇ。」
そこを一番にツッコむべきところであったはずだぞ、と夜久は笑いもって言う。
楽しい、いつもと変わりない3人の会話だ。
しかしそれは、黒尾の問いかけによって一変した。
「夜久と名前の子の面倒みりゃいいじゃん。結葵“おじ”さん。」
ぴしっと、結葵に何かが走った。
その異変に気付いた夜久が異様なものを見る目で彼を見る。
「名前の、子?」
「「…。」」
夜久は黒尾を見て“お前何かヤバい引き金引いたんじゃねぇの?”と目で訴えるが黒尾は首を横に振る。
彼にはそんなことをしたつもりは微塵もないのだ。
「ダメだっ!名前を嫁にはやらん!」
「お前は父親か?」
結葵の言葉を聞いて黒尾が笑う。
その一言にホッと胸を撫でおろした夜久。
いつもの“シスコン兄”の姿で間違いない。
「夜久でもダメだからな!」
「…お前のせいで矛先俺になったじゃねぇか。」
黒尾を睨む夜久。
結葵を見て「結婚するかどうかはわからねぇけどさ。今付き合ってるんだし、結婚しねぇよとは言えねぇぞ?」と真面目に話す夜久。
ここで「結婚しねぇよ。」と言えば「なんでじゃあ付き合ってんだこら」と言われるに違いない。
…矛盾してるけど、そういうヤツだからな。
何を言っても、妹が大好きな兄なのだ。
「じゃあ別れろ。」
「お前…一時の感情に流されんな。シスコンでると目先の事ですら考えねぇんだから…後で後悔するんだぞ。」
「別れねぇ。」
「おい、夜久。」
こうなった発端は黒尾だ。
その黒尾が今や二人に挟まれ手に負えない状況に陥っていた。
「いくら夜久でも名前はやらねぇ。俺の大事な妹だ。」
「じゃあ妹結婚させないでどうすんだよ?妹の幸せすら考えないようなダメな兄貴だったっけ?お前。」
何かわからないけれどクラスメイトたちも教室内の異様な空気に気づき始めていた。
チラチラと様子を伺うクラスメイトたち。
黙ったままの結葵がすとんと椅子に腰を下ろした。
「…仕方ねぇ、夜久になら譲ってやってもいいぞ。」
「なんで上から目線なんだよ…父親よりコイツの方が厄介だぞ絶対。」
腕を組んで態度の大きい結葵はすっかり親父気分なのだろう、目を瞑って眉間に皺を寄せている。
夜久は椅子に座って「疲れる…苗字の相手は…」と呟いた。
-END-