3 of Spades
ジャージ
◆ ◇ ◆
ドキドキする。
背後から、髪を避けて首筋に伝う舌と、甘い声。
あの時の自分は、おかしかった。
そう思わないで、どう思う。
でも、自身の心臓が物語ってる。
拍動がいつもより多いのは…どうかしてるからだ。
この感覚は、もう二度と味わうことはないんだから…
「早く、落ち着け、自分。」
心地よい感覚を、知る前に…消し去らなければ、手遅れになる。
黒尾が去ったばかりの部室で、胸元をぎゅっと握りしめる。
キスをした後、彼は我に返った様だった。
もしかしたら、誰か好きな人と自分は似ていたのかもしれない。
だから、あんなことをしたんだ。
そう思いたい、のに…何処かで期待してる自分が確かにいる。
「最低…」
自身に呟いた。
周りの人から見た自分は、絶対良い奴ではない。
黒尾は、「それ着て帰れ」と羽織っているジャージを指さして出て行った。
謝りも…何も無かった。
ジャージの前を閉めて、大人しく部室を後にした。
家に帰って、赤いジャージと睨めっこする名前。
「うーん…どうしよう…どうする私。」
明日も補習だし、体育館に行くのはいいけど…と、きょう見た体育館を思い出す。
知ってる人、山本と孤爪くんくらいだしなぁ…。
あそこにいる人に声をかけるには勇気がいるよ。
それから一時間程悩んだ結果…翌日。
体育館に、意を決して向かっている名前の背後から、女子の声がした。
「あの、」
「はい?」
振り返れば、きのう何かの紙を落とした女の子だった。
「あ!きのうの!あの、きのうあなたが落とした紙?を拾ったんですけど…いろいろあって濡れてしまって…コレ。」
拾った挙句、濡らされたその何かわからない紙は、家に帰ってからしっかりドライヤーで乾かした。
しかし、水によってなにか書き記されていたことはすべて薄くなってしまっていた。
「ごめんなさいって謝らなきゃと思いまして。」
「いえいえっそんな!何枚もあるので大丈夫です!気にしないでくださいっ」
アタフタと身を動かし、へらりと笑った彼女はとても可愛かった。
「あ、音駒高校の生徒さんですよね?誰かに用だったりしますか?」
体育館へ向かっていた名前を見て、察したのかそう問いかけられ、一度頷くとその人の名前を言う。
「黒尾先輩、いますか?」
目をパチパチさせる彼女。
その視線は、目の前の名前を見ているのではなく…
「よぉ、名前ちゃん。待ってたぞ。」
彼女の背後から現れた、黒尾を見ていた。
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