A of Diamonds
今日は違う
◆ ◇ ◆
「目で訴えるな、口で言え。素直に。」と黒尾に言われ、名前は恐る恐る問いかけてみる。
「えと…これは?」
「いいから、ちょっと来い。」
ゆっくり歩み寄る名前を待ちきれず黒尾から身を寄せた。
ぎゅっと抱きしめられた身体。
いつもと違う彼の匂いが鼻を掠める。
「…先輩の匂いが、いつもと違って落ち着かない…」
そう言った名前の頬に手を添えた黒尾は顔を上へ向かせた。
「…落ち着くまでになってたのか。俺の匂いに。」
それだけ言えばいつも通り唇が重ねられる。
慣れたキスは、彼女に安心すら齎す。
「…名前。」
甘い声で、名前を呼ばれると無意識に手に力が入る。
もっと、呼んでほしい。
ぎゅっと力の入れられた彼女の手に気付いた黒尾は少し距離を取る。
「…口があるだろ。素直に言ってみろ。」
わかってるくせに、ずるい。
唇をなぞる親指に、焦らされてる感覚がして嫌だ。
「…もっと。」
「何をー?」
ニヤニヤする黒尾、楽しんでるのはわかってる。
この彼の顔を驚いた顔にできた時は、嬉しい。
名前は黒尾の首に腕を回した。
先輩からしてくれないなら、自分からする。
「…っ」
そう意気込んだものの、寸止め状態だ。
くっと笑う黒尾に頬を赤くする名前。
「残念だったな。不意打ちキスならず。」
「意地悪…嫌い。」
「俺は素直な子が好きだけどな。」
このどうしても彼の調子に流されてしまうのは、どうにかならないものなのだろうかといつも思う。
でも、いつも結局彼のペースで終わりを迎える…
「…好き。」
「だから?」
「…付き合ってください。」
「……は?」
だけど、今日は違う。
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