A of Diamonds
最後
◆ ◇ ◆
「いつも思うんですけど…どうしてああいう登場の仕方しかできないんですか?」
「失礼だなお前。ああいう登場の仕方“しか”できないんじゃなくてしてないんですー。」
この話し方、いつもの黒尾だ。と確信する。
「わざと…?盗み聞きですか?」
「ヤメロ。そういうのを濡れ衣って言うんだよ。」
大丈夫だ最後しか聞いてねぇから。と平然と言ってのける目の前の黒尾を据わった目で見つめる名前。
だから、その“最後”が聞かれたらダメだったヤツなのよ。
…でも、“数倍カッコよかった”は聞かれてなくて幸いだったかな…。
そう思えば“最後”のだけでよかったとさえ思えてくる。
「まぁあんなところで話する内容じゃなかったってことだな。」
「べつに聞かれたところでどうこうなる事じゃないですし…」
「…お前、かわいくねぇな。」
徐々に黒尾の言葉に腹が立ってくる名前。
ただただ黒尾の背についていっているが、どこへ行くというのだろうか。
「先輩、どこ行くんですか?」
「どこって…ここ。」
指をさす黒尾の先にある教室。
入ってみれば、中は合宿用に片されていない教室の姿そのものだった。
月明かりで照らされているだけで電気もついていないそこ。
ドアが閉められた瞬間、空気が一変した。
目が暗闇に慣れ始めた頃、見上げれば黒尾の双眼が真っすぐ名前を捕らえており「名前。」と普段と違う声で呼ぶ。
この呼び方は、やばいやつ…。
先ほどまで聞こえていなかった心臓の拍動が意識してしまうほどに早くなってくのを感じる。
静かすぎて…意識するところが…自分の体と、先輩との距離だけに…。
お風呂上がりの黒尾からはほのかに石鹸の香りがする。
いつもと違う、匂いだ…。
それだけで、ドキドキしてしまう。
「…何、緊張してんの?」
「へ…し、し…」
“してませんよっ”いつもならそう言った。
「してます…ダメですか?」
フイッと黒尾から視線を逸らした。
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