A of Diamonds
口を裂いても…
◆ ◇ ◆
「おい、名前。」
低い声で名前を呼ばれて足を止める。
ゆっくり振り返れば黒尾が「後で話あるから。」とだけ言う。
周りの部員たちもそれには何の違和感も感じなかったようだが、名前は気づいている。
「…はい。」
絶対、部活のことじゃない。
さっきのことで怒られる…!
食事が終われば順次に入浴時間になる。
名前は食堂でマネージャーたちと片付けをしていた。
「やっちゃんさ、ずっと聞きたかったんだけど…私が拾ったあの紙って大切なものではなかった…?」
食器を片す二人、3年生の先輩たちは入浴へ行っている。
「あー!アレ、スケジュールが書き込まれてたやつで…1日の流れが書かれてたんです。でも、初日に無くしたので、清水先輩には謝りました…。」
思い返す谷地の表情は遠い目をしていた。
そういえば補習の1日目だったな…と思い出す名前。
「あの、音駒の主将さん…」
「黒尾先輩?」
「はい。2日目の合宿の時から話してたじゃないですか?あの時から知り合いだったのかな…って。」
「すみません、先輩たちが話してるの聞いてしまいまして…」と申し訳なさそうに言う。
聞こえてしまった、と谷地は言うが聞こえたも当然だ。食堂で堂々と話していた恋バナなのだから。
「いいよいいよー。私が相談乗ってもらってたんだし…黒尾先輩のことだけど、あの日が初対面。」
「えっ最近、ですよね…?」
「そう。なんかね〜黒尾先輩って、学校で結構有名なの。あの身長で、あの顔で、怖いでしょ?」
谷地の中の黒尾は相当怖い黒尾が想像されている。
「は、はい…」
「あははっ怖いは嘘だけど…先輩かっこいいって言う人いっぱいいるんだー。だから名前は知ってたの。顔も。ただ話したことはなかった。」
「へぇ〜」
意外だ。という表情をする谷地に微笑む名前。
「誰もが持つ“憧れ”だけを私は持ってたの。先輩に。」
噂はただの噂だ。
人は個性がある。
その人によって“かっこいい”の基準は異なるもの。
でも、そう噂をされる黒尾に名前は憧れを抱いていた。
「カッコいいなんて基準は人それぞれだけど…実際話してみて、関わってみて、思ったよ。」
“カッコイイ?何言ってんの。”って。
口を僅かに開いた谷地。
「噂で想像していたより、何倍もカッコいい人だった。」
「失礼だよねー。ホント、口が裂けても言えないよ黒尾先輩には。」と、苦笑いをする名前の袖を引っ張る谷地。
指をさす谷地の表情を見て、察した。
「口を裂いてもう一回言ってもらうかー。」
カウンターの向こう側にいつからいたのか、黒尾の姿。
口角を上げて「遅くなったなー苗字。」とわざとらしく言った。
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