Jack of Hearts
期待
◆ ◇ ◆
「…なんで、抱きしめてんの?」
「…なんか、先輩が…」
“恋しくなった”
頭に浮かんだ言葉。
名前は口を閉じた。
代わりに腕に力を籠める。
「名前ちゃん…さすがにそれは俺期待するけど…?」
冗談っぽい口調だが、声色が本気だと言っている。
名前は「黒尾先輩…」と静かに呼んでその続きを話そうとしたのに、それは阻止されてしまった。
「っ…ん…」
顔を上げさせられて、そのまま口を塞がれる。
それは言わせない、聞かせないとさせているようだった。
視線を上げて黒尾をじっと見つめる名前が問いかける。
「さっきの質問、答えてください。」
「あー、名前のことか?」
頷いた彼女を確認すると少し身を離した黒尾。
「部員の前では苗字の方がいい、と思ってな。」
「え…それだけですか?」
そうだけど。と言う黒尾に名前は「あぁ、そうですか。」と据わった視線を向ける。
その目を見た黒尾が「え、何で怒ってんの?」と表情を引き攣らせた。
「怒ってません。」
「怒ってるじゃねぇか。」
ふいっと顔を背けた名前に困ったように視線を落とす黒尾。
「名前は、俺に何の用だったわけ?」
その問いかけに、口を噤む名前。
数秒間、沈黙が続いた後、耐えられなかった彼女が口を開いた。
「…先輩、普通に接してくれてたな…と思って。」
不思議そうに名前を見る黒尾。
「私は、先輩のこと考えてて、先輩に普通に接することができなくて…それを謝ろうと思って。」
ペコリと頭を軽く下げた名前。
しかし、次に出る謝罪の言葉を口にする前に黒尾が彼女の頭を撫でた。
「バカだな。」
「…はい?」
聞き捨てならない、と顔を上げた名前の目の前には笑う黒尾。
その笑顔に釘付けになる。
「でもそういうとこ好きだわ。」
「っ…な、何言って…」
「冗談だけどな。」
「…。」
顔を赤くしたまま、名前は黒尾を睨む。
完全に、遊ばれている。
「そういうこと言うから先輩はわからないんですよ。」
そう冷たく言い返した名前の手のひらを握りしめた黒尾。
「好きだよ。名前。」
真っすぐ伝えられた言葉は、冗談か本気かなんて容易にわかってしまうほど…
気持ちが込められていた。
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