Jack of Hearts
呼び方
◆ ◇ ◆
振り返れば、目の前に立っている黒尾の姿。
「黒尾先輩を探しに…」
「何?」
いつも通り、聞かれただけのはずなのにどこかその言葉は冷たく感じた。
名前は言葉を失い、俯く。
「?苗字?」
名を呼ばれ、顔を上げた名前は表情を歪ませた。
「先輩…前から聞こうと思ってたんですけど…なんで、苗字で呼ぶんですか?」
「なに。それ聞きたかったから俺を探してたのか?」
ふっと笑った黒尾はそのまま名前の傍にある扉を開けて中へ入っていく。
「まっ…」
黒尾の腕を咄嗟に掴んだ名前。
しかし、それは瞬時に逆立場となった。
名前の手を引いて誰もいない教室の中へ入れた後、そっと扉を閉めた。
掴まれた腕が徐々に熱を帯び始める。
黒尾がゆっくり振り返ると、彼女を見て頭を掻いた。
「はぁ…やっぱりマネージャーにするんじゃなかったかな…」
そう言って名前を見る黒尾。
彼女は「何で…?」と問いかけた。
「だって他のヤツに取られる可能性が上がるじゃねぇか。」
「……え?」
どういうこと?
きょとんとする彼女を見て、わざとらしくため息をついた黒尾は名前を真っすぐ見つめる。
その視線を見ていると、ドキドキと胸が高鳴りを増していくのがわかり、顔を背けた。
「なぁ、名前。」
名前を呼ばれただけで、ドキッとする。
返事をしようと口を開けるのに、なぜか声が出ない。
目の前にいる黒尾の存在が、自分を緊張させているのがわかった。
視界外で動く気配がして、視線を移した時にはもう遅かった。
後頭部に回された大きな手に、体ごと引き寄せられる。
抱き寄せられた、とわかった直後、黒尾の香りが鼻を掠めた。
「あんま期待させるようなことすんな。」
言葉は拒絶を意味しているように思える。
でも、行動はその逆を意味しているように思えた。
ぎゅっと抱き締められる体。
何故かこの時、彼を愛おしく思った。
だから、その背に腕を回したんだ。
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