8 of Clubs
見とれる
◆ ◇ ◆
「どうしたの?」
研磨に問いかければ、彼はただ何も言わず視線を向ける。
「機嫌悪かったから、逃げてきた。」
その視線の先を、名前とその場にいた夜久が見た。
黒尾が何かを読んでいる、その姿を見た名前は口を僅かに開く。
夜久は「まさか…」と研磨に視線を向ければ、彼は据わった視線で一度頷いた。
二人は、黒尾が彼女のことを好きなのは知っている。そのことから、機嫌が悪いとなると察することは容易だった。
「苗字…」と、夜久が彼女を振り返りみた時にはそこにはすでに名前の姿はなく、黒尾の隣にいた。
「早く言えばいーのにな。」
「…。」
名前と黒尾の話す様子を見て、ため息をついた。
黒尾の隣へ、歩み寄る名前。
真剣に読んでいるそれも気になるが、その顔に惹き付けられるように彼女はじーっと見つめる。
顎のラインから、首筋、肩、腕…指。
どの部分を見ても、思い出すのはいつも触れたことのある場所。
肩触った時は、驚いたっけ…
こんなに、ガタイのいい人には見えないのに…って。
その時、視界の腕が動く。
ハッとした時には、すでに黒尾が名前の目の前まで来ていた。
見上げた先には、微笑を浮かべる黒尾。
「見とれてただろ、今。」
「…自惚れないでください。」
ふいっと黒尾から顔を背けた名前。
その様子を見て、ふっと笑う。
「その顔で言うのは、ダメなんじゃない?名前ちゃん。」
「説得力ねぇぞ?」と目の前に迫り来る黒尾から、名前は逃れようと顔を背けるが無駄な抵抗となる。
正直、見とれていた。
でも、それを口に出してしまうと…ダメな気がした。
頭の上にかかる重みと温もり。
「素直に言った方が男はときめく。」
…絶対、気持ちバレてる。
頭から黒尾の手が離れた時、そう思った名前は顔が挙げられず俯いたまま。
少し離れたところで、振り返った黒尾。
「あと、つく嘘はもっと上手くつけ。俺を騙せるくらいにな。」
黒尾は見ていた紙を手に持ち、部員たちを集めた。
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