5 of Diamonds
鋭い視線
◆ ◇ ◆
名前が補習を受けてる間、体育館では黒尾が部員達に話していた。
「今日、午後からマネージャーが入ることになったから…」
話の途中だと言うのに、マネージャーという言葉に敏感な山本が立ち上がり「黒尾さん!それ本当っすか?!」と目をキラキラ輝かせる。
研磨は「この時期に?」と黒尾を疑いの目で見つめ、夜久は「もしかして…お前…」と黒尾に引き攣った表情を向けた。
話はきのう、合宿2日目、最終日のこと。
休憩していた夜久がチラッと時計に視線を向け、「そろそろ補習が終わる時間だな。」と呟く。それに海が「そういえば補習って今日までだよな。」と言った。
それを聞いた黒尾はドリンクを喉へ勢いよく流し込む。
今日までか。明日からは名前と会うことはねぇんだな…。
「…。」
そう思うと、彼女と何かでつなぎ止めて置かないといけない気がした。
「うーん…」
「おいっどーした!黒尾っ暇ならブロック飛んでくれ!」
「あ?暇じゃねぇよ、考え事してんだよ。」
「考え事だとー?」
背後から肩を組んできた木兎の腕から逃れるように身を曲げた黒尾。
「女かっ?女だな?」
「そーそー、女。」
「マジで?!」
木兎を軽くあしらい、その場を立ち去ると体育館の外に彼女の姿があった。
烏野のマネージャーと喋る姿。
手には間違いなく自分が貸したジャージ。
…これが、最後の機会らしい。
そうして俺は、彼女をマネージャーに勧誘した。
マネージャーなら、夏休みになろうが…学年が違うだろうが…休みじゃない限り会える。
「一目惚れしたからって誘うのかよ。主将権限の乱用だぞ。」
「夜久に言われると妙に胸が痛いのはなんでだ?」
「それはてめぇが図星だからだろーが。」
まぁまぁと夜久を宥める海。
「名前は…あー…苗字なんだったっけか?」
「「…。」」
無理もない。
出会った時に一度聞いただけ、そしてまさかこんなことになるなんてその時は思ってもいなかったのだから。
名前という下の名前だけは、しっかり覚えていた。
名前だけを口にするしかなくなったのも苗字を忘れたからだ。
部員達の呆れた、また、キョトンとした表情が黒尾に向けられる。
「…もしかして、苗字さんだったりしないよね。」
「は?」
鋭い研磨の視線から逃れるように顔を背けた黒尾。
研磨の発言に山本は眉間に皺を寄せる。
「苗字さんだと?」
「…クロ、苗字さんと会った日変だったし…挙動不審で。」
「最後の一言は余計だ。」
研磨の言葉を聞いて、夜久は据わった視線を向ける。
「まぁ、何はともあれうちにも無事マネージャーが入ることになったわけだ。仲良くすること!いいな?」
「…。」
その場を無理矢理乗り越えた黒尾だったが、研磨と夜久の鋭い視線からは逃れる事はできなかった。
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