建前の真実
「アイツが一番優秀者だよな。…夜久より時穏のこと見てたんじゃねぇかって思うくらいに…」
「…じゃあ、言ってた建前って…」
「あ、わかった?」
結葵が手すりに身を預けながら話す。
「黒尾は、時穏のこと好きだ。それは今も。でも、入学してから知ってたのは夜久だ。バレー部に入りたいって思ったのは、黒尾を見たからってのもあったんだろうけど…夜久と話した時のことが強いんだろう。俺もあの時はビックリしたからよく覚えてるけど…まさか時穏から声かけて行くとは思ってなかったし。」
思い出されるのは、インターハイ予選で初めて見た時穏の姿。
“…あの。”
“ん?”
夜久に声をかけた妹の姿を思い出しながら結葵はふっと小さく笑う。
「あの時だと、俺は思うんだよなぁ。」
“すごく、カッコよかったです。”
それは、夜久が彼女に惹かれた瞬間のもの。
「時穏は、夜久を傍で見て、話して、言葉にして、思った。」
“カッコいい人のカッコいい姿、勝ち進んでいく姿を傍で支えていける存在に”
「って。」と結葵が振り返る。
「まぁあくまでも俺と黒尾の勘だけどな。」
ふと、視線を落とした結葵。
「黒尾は、時穏が夜久を元々好きだってことを知ってた。告白されて、付き合っても、別れる可能性の方が高かった。時穏が気づくのも時間の問題だと思ったからだ。…つまり、振ったのはそれが理由。」
「土台ができるまで…ってのも、嘘かよ。」
「…俺も夜久も、それには反対しただろ?…下手な言い訳だけど、黒尾なりの言い訳だったわけだな。」
「今は黒尾かっけーな。」と扉へ向かって言う。
「…時穏。いんだろ。俺が呼んだんだけどな!」
盛大に笑う兄の姿に夜久はギョッとする。
だから扉見て…
視線を向ければそこには彼女の姿なんてない。
「…お前嘘か?」
「嘘じゃねぇよ!」
据わった視線を結葵に向ければ、彼は扉へ歩み寄っていく。
その背を、夜久も追った。
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