脳内
「榎本よ。」
「んー?」
3年5組の教室。
窓際一番後ろの席で、頬杖をついてグラウンドの外を見ていた榎本結葵の元にやってきた二人の男。
彼と同じサッカー部員の3年の者だった。
どこか様子のおかしい二人をじーっと下から見つめる結葵。
意を決したように一人の男が顔の前で両手を合わせた。
それから読み取れるのは、おそらく「今日部活休ませてくれ。」だろうと考えていた。
しかし、
「妹を俺に紹介してくれー!」
予想外のことでギョッとする。
思わず零した声は「はい?」だ。
「フリーだろ?何であんな可愛い妹いんのに紹介しないんだよ!」
「何でって…」
呆れた顔で、必死に自分の両肩にすがりつく彼を見る結葵。
そんな彼の背後から「彼氏がいるからだぞ。」という声がした。
その瞬間、結葵の目の前のサッカー部員二人は「「え?」」と振り返って聞き返す。
目の前の男の身を除けて見れば、朝練終わりの夜久が椅子を引いたところだった。
席につくなり、聞き返すサッカー部員二人に夜久が「彼氏がいんだよ。榎本の妹。」と言う。
「…え。2年か?!」
「マジか…」
夜久から再び標的は兄の結葵に移った。
一人はすごい剣幕で結葵の両肩を揺さぶる。
もう一人はすでに遠い目をしていた。
結葵は口角を上げると、肩におかれた目の前の彼の手の上に自分の手を重ねる。
「いや?」
「「ん?」」
二人の視線が結葵へ移ったとき。
ニッとはにかんだ後、「紹介するわ…妹の彼氏。」と立ち上がる。
彼の動きをじっと見つめる二人。
「「ん?」」
立ち止まった先は僅か数歩先。
「夜久くんです。」
夜久は「ぜってぇ叫ぶなよ。」と固まる目の前二人に言うも、
「「………ハァア?!!?」」
「うるせぇっ」
注意虚しく3年5組の朝の教室に驚愕の声が響き渡った。
ふふっと笑う時穏の目の前で研磨はげんなりした顔をしてため息をついた。
「…脳内お花畑。」
「今は何言われたって許してあげる!」
「…気持ち悪い。」
ふふっと幸せそうに笑う彼女を見て、研磨は「よかったね。」と柔らかい顔を見せた。
素直に、嬉しかった。
黒尾に振られてからというもの、あまりの落ち込みようにいつも気が気でなかった。
しかし、今となってはそれも許してしまえる。
「おれ、自分に褒めてあげたいくらい。」
「うん!研磨っありがとーっ」
そう言っていつものように抱きつこうとした時穏だが、数回瞬きをして広げた両手を元に戻した。
研磨が「えらいね。」と褒めれば、時穏は首を横に振って「夜久先輩の声を思い出したから踏みとどまれた。」と真顔で言う時穏。
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