プリン頭
高校2年生になる4月。季節は春だ。
1年前、無事に音駒高校へ入学した時穏は、セーラー服のリボンを手に握りしめて必死に学校へ向かって走っていた。
目の前に制服姿のプリン頭の人を発見した時穏は速度を落とすと荒くなった息を整えて制服にリボンをつけた。
トボトボと気だるそうに歩く目の前の彼の姿を見ながら口角が柔らかく上がるのを自分で感じながらその背に声をかけた。
「けーんま。」
手にはゲーム機。
その画面から視線を時穏へ向けるとすぐ画面へ視線を移して「おはよ。」とだけ返事をする。
いつもの彼に間違いない。
「ねぇ、私にもやらせて!」
「えぇ…クリアしたら、ね。」
「むぅ…」
ゲームに必死な研磨の姿を見て膨らませた頬を開放すると目の前に門が見えた。
「時穏、寝坊したでしょ。」
「え…してないよ?」
研磨の鋭い観察眼にギクリとした。
何が乱れていたのだろうか?
リボンはつけているし、髪もしっかり結んでいる。寝癖はバレていないはずだ。
あとは…靴下が違うとか?!
視線を足元へ向ける時穏を見て、「やっぱり、そうなんじゃん。」と言ったのを聞いて、しまったと思った彼女はヘラッと彼に笑みを見せた。
「なんで寝坊したこと必死に隠すの?」
「だって、いけないことだし…」
「別に…間に合ってるんだから、いいんじゃないの?」
「うーん…研磨にはいいのかもしれないけれど…」と言葉を濁す時穏を察した様子の研磨がゲーム機を扱いながら「あー…」と言葉を零した。
「クロ。」
「!!」
その名に敏感に反応する彼女はキョロキョロと当たりを見渡した。
「…には、バレたくないから?」
「…ちょっと、研磨くん。意地悪にも程がある!」
研磨に勝手に振り回されている時穏を見て、眉間に皺を寄せた彼は「知らないよ。」と呆れる。
「勝手に時穏が振り回されてるかのように反応するから…」
「うぅ…お願い、バラさないで?寝坊のことは…」
項垂れる彼女のお願いに研磨は心の中で思う。
別に、誰にも言わないけど…と。
「うん。」と頷いた研磨に彼女はホッと胸を撫で下ろしたのがわかった。
…顔に出すぎ。
「クロの、どこがいいの?」
「…ん?…んー…」
そう言われて時穏が思い出すのは高校受験前に見た試合だ。
「…なんかね…バレーをよく知らないながらも…とてもじゃない魅力を黒尾先輩に感じたんだよね。よくわからない感覚だけど…もう、あの魅力を感じた瞬間に、惹かれてたんだと思う。」
ただ、かっこいい人だな。
そう思ってたわけではなかった。
視線がずっと、他の部員よりも、黒尾先輩に何かを感じて向け続けていたことに頭のどこかで感じ取ってはいた。
それが、あの時、あの場では何とも言えない感じだったから、ただカッコいいとしか言えなかったが
今は間違いなく、彼のプレイとその存在に惹かれていたと言い切れる。
研磨は聞いておきながらも「ふーん。」と返事だけをして部室に入っていった。
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