条件
「あ…シューズ…」
「…なに、忘れた?」
「教室に取りに行ったんですけど…」
そこで思い出されるのは、男女のキスをする光景。
ほんのり顔を赤くした時穏は顔を俯かせ「いろいろありまして…取れませんでした。」と言う。
「取れない理由がいろいろって…相当な事だろ?何。」
「聞くんですか…?」
「先輩として聞く。」
じゃあいつもは何なんですか、と問いかけたくなった時穏だったが、先輩の権力を振りかざされれば答えないわけにはいかなくなってしまう。
「…教室のドアを開けたら…中で男女がキスをしてました。」
それを聞いた夜久も顔を赤くし、彼はすぐさま口元を隠した。
「…うーん…まぁ、アレだな。今から行ってみたら?」
「えぇっ…ヤですよ…また見たら…私もう学校行けない…」
「どんなだよ…」
呆れた顔をして少し考える様子を見せた夜久。
「んじゃ俺と行くか?」
「え…」
ドキッとした。
先輩と、教室行くなんて…って…
「だ、ダメです!練習!」
「今ちょっと本気にしただろー?」
「…しました。」
夜久先輩の背を押せば、彼はクスクス笑っていた。
「ちょっと待ってろ。黒尾に言って来てやる。」
「え?!まさかっ…」
時穏は慌てた、黒尾にアレを言うのかと。
察した夜久が苦笑いする。
「ばか、言うわけねぇだろ。」
「ですよね…」
ホッとした彼女を見て黒尾の元へ向かった。
その背を見つめながらボーッと考える。
あのラブレター、どうするんだろう。
凄い可愛い子だったけど…。
夜久先輩可愛い子好きだって結兄が言ってたな。
ソファーで寝転ぶ結葵に、時穏が音駒に入ったばかりのとき、夜久先輩にはなぜ彼女が居ないのかと聞いたことがある。
「そりゃお前夜久が理想高いからだろ。」
なんて今思えばそれを信じ込んでいた自分がいて、兄の言葉は勝手に言われたものかもしれないじゃないかと今更ながら思う。
「アイツ可愛い子好きだからなぁ…可愛い子見ては『今の子どこのクラスかな?』って興味津々。でも好きにはならない。」
「何でだろう…」
「うーん…俺が思うに、アイツは顔だけじゃダメなんだろうな。一目惚れから入って、中身知ってから惚れてくヤツ。」
「…一目惚れ…やっぱり外見じゃん!」
「でもさ、一目惚れしたところで今も彼女いねぇのは…中身がダメな子ばかりだったってことだよ。やっぱりアイツは、中身の理想が高い。」
そうだ。
夜久先輩は可愛い子だけじゃダメ。
性格も知らないといけない。
うぅ…でも、可愛い子ってのはクリアしちゃってるからなぁ…あとは中身か。
「何考えてんだ?時穏ちゃんはー。」
「…黒尾先輩…」
黒尾と夜久が目の前に来ていた。
「ほら、スリッパ。」
「スリッパ…?」
不思議そうに彼女を見て首を傾げた黒尾は、彼女に来客用スリッパを手渡す。
それを受け取ると「ありがとうございます。」と笑顔を向けた時穏。
「コケんなよ?いつもより数倍滑るぞ。」
「コケません。」
ニヤニヤと楽しそうに言う黒尾を睨む時穏。
夜久は「良かったな。」と微笑んだ。
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