諦める
ゴールデンウィーク開けの音駒高校。
朝練を終えた夜久が教室に入れば、先にいるはずの黒尾の姿はそこにはなく、さらにはいつも手を上げて元気な姿を見せる榎本の姿もない。
…まぁ、そうだよな。
夜久は今朝の時穏の姿を見て薄々感じていたことがあった。
その後、部室で黒尾から話を聞いた。
そこまで深くは、聞かなかったけど…お互い、相当滅入ってた。
あんなに無理矢理な笑顔で登校させれば、シスコン兄(結葵)は黙ってねぇか。
夜久の考えは、的中していた。
「理由は?」
「付き合っても、大切にできる自信がねぇ。」
「…へぇ〜そう。…って、言って済む理由じゃあねぇよなぁ〜。」
屋上。
もう少しすれば、朝のHRが始まる時刻。
結葵は朝練を終えた後、いつものように教室で待っていた。
しかし、今日はいつもとは違う。
「キャプテンなら、わかるだろ。お前も。」
「……全国行く前の、最後のチャンスだからか?」
「今年は、絶対全国に行く。」
黒尾と夜久を待っていた結葵は、今日は黒尾、ただ一人を待っていた。
彼が入ってこれば、すぐさま彼をつれて屋上へ。
最近の妹の姿を見ていれば、黙っていられるわけがなかった。
しかし、結葵が思っていた以上に、黒尾が妹をフった理由は大きかった。
「…それ、時穏に言ったのか?」
「…いや。」
「…言ったら、アイツ。ずっとお前のこと想い続けるだろうな。」
そこまで、最低な奴じゃないことはわかってたけど…
そこまでするのか?
いや、全国には何も変えられねぇのはわかる。
でもさ…
「俺は、夜久みたいに器用でないのでね。」
黒尾の言葉に、結葵は眉間に皺を寄せる。
「感情的になるとこがしばしばある。それじゃ、部を巻き込む。俺は、音駒の、バレー部の、主将だ。」
歩み寄った結葵は、黒尾の腕を掴む。
「じゃあ…頑張れよ…まだやってもねぇのに、諦めんのかよっ」
俺はキャプテンだ。
わかるよ。
お前の言いたいこと、言ってること、やってること、全部わかる。
でもさ…俺なら、ちょっとの期待を好きな人にかけるよ。
好きだって言ってくれてる。
自分も彼女が好きだ。
それなら、ちょっとくらいわかってくれるんじゃねぇのって。
じゃあ、頑張ってみようかって思うぜ?
「別れんのわかってて付き合う奴がいるとしたら…アソビだろーが。」
「?」
「俺ん中で、土台ができるまで、待ってくれませんかね?」
いつもの、ニコニコした笑みを見せる黒尾。
結葵は、黒尾から手を離した。
「遅くても、奪えるもんは奪うつもりだけど…」
「…時穏がずっと思ってるかは別だぞ。」
「…そーだな。」
黒尾の、その時の顔を、俺はこの先、二人がどうなろうと、忘れないと思う。
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