気まずい
座席に座れば、時穏の隣は誰もおらず一人窓の外を眺める。
「やばい…めっちゃはやい。」
なんて呟いていたら、後ろから「おい、時穏〜」と声をかけられた。
視線を向ければ、そこには何もない。
「ん?誰か呼び…」
「お前窓の外見すぎだろ。」
「…。」
座席を空席の隣へ移り通路側へ座れば斜め後ろにいた夜久と目が合った。
呆れた顔をして時穏の初新幹線姿を見ていたようだ。
夜久を見て、思い出すのはただ一つ。
用具室での事。
あれから初めて交わす会話。少し気まずい。
時穏は視線を夜久から逸らし「いーじゃないですか。」と小さな声で答えた。
それは当然夜久には届いておらず「榎本は泣いてなかったか?」と普段通り彼は会話をした。
兄のことを思い出し、時穏は苦笑いする。
「結兄…」
「アイツ妹いねぇと寂しいだろーな。」
「妹信者だもんな。」とその隣に座る海が言う。
「妹信者…海先輩、それはやめましょう?」と苦笑いするしかない時穏。
「榎本も部活なけりゃついてきてたかもなー。」
「ホントだな。」
夜久の言葉に海も同意する。
時穏はその言葉を聞いて、兄がどういう風に見られているのかと少々引いた。
「やめましょう?めっちゃ妹にべったりな兄みたいじゃないですか。」
「「え、そうだろ?」」
必死に否定しようとしてもその要素が見つからず時穏は必死に首を振ることしかできず、終いには真顔で終止符を打たれてしまった。
「…そうじゃないです!」
「おい、時穏。大声出すな。」
「う…すみません。」
黒尾に注意され、しゅんと落ち込む時穏。
夜久がその姿を見て「時穏。」と彼女を呼んだ。
「?」
視線を上げれば、ニッと笑う夜久の姿。
その姿に時穏も微笑んだ。
「…夜久は、言わないの?」
「んー?何を?」
宮城を目前に海が夜久に問いかける。
夜久は首を傾げた。
「好きなんだろ?」
「…んなっ…なんで知って…」
主語を言わずとも、それだけで分かった夜久に海は微笑む。
夜久は顔を赤くして海を見る。
「どこが好きなんだ?」
「っ…」
海のニコニコした顔の裏側に隠された黒さが見え、夜久は「お前楽しんでるだろ。」と顔を引き攣らせる。
「んー?」
「…。」
夜久はフイッと視線を逸らし、ボソッと小さく呟いた。
「…可愛いとこ。」
「確かに可愛いな。」
「違うんだよ。いろいろ可愛いんだよ。不意に出す可愛さとかやべぇの。」
うんうん。と優しい顔で夜久を見る海。
ハッとした夜久は顔を両手で覆った。
「…帰りたい。」
「ダメだね。大事なリベロなんだから。」
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