ズレ
時穏は、様子の違う夜久に少し距離を感じ始めていた。
そのあとの、怒っていると勘違いした言葉。
怒ってはいなかった夜久。
だが、いつもに増してどこか素っ気ない気がした。
「…夜久先輩。」
「なに?」
顔を上げれば、涙を浮かべて今にも溢れだしそうな悲し気な顔をした時穏。
涙をジャージの袖で拭う時穏は「きらい、ですか?」と問いかける。
「え?」
「私、何か嫌われるようなことしましたか?」
「え?ちょっと待って。泣くな泣くな…。」
夜久は慌てて拭う手を掴み、そのまま彼女の後頭部に手を回すと自分の肩に顔を隠すように抱き寄せた。
「なんでそうなる…」
「だって…夜久先輩素っ気ない…なんか雰囲気変わって…」
「あー…」
それはたぶん、結葵のせい。
好きだって言ったからだろうな…黒尾いるし。
そう思いながらどうしようか、と彼女の頭をそっと撫でる。
「嫌いじゃねぇよ。」
「…じゃあなんで素っ気ないんですか。」
「…。」
それ、今この場で言っていいのか?と少し迷う夜久。
いや、ダメだろ。
他に何か言い方…
「…時穏が可愛いから。」
「…。」
「って言えば泣き止むだろ。」
「?!」
涙を溜めたまま視線を合わせる時穏に「ほら、泣き止め。」とジャージの袖で拭う。
そのタイミングで「じゃあ閉めるぞー」と言う黒尾の声。
体育館にいる部員たちがぞろぞろとその場を後にする。
準備室から出てきた夜久と時穏の姿を見た黒尾が固まった。
「時穏、どうしたの?」
研磨が夜久に問いかける。
二人は外へ向かって歩いていく彼女の姿を見ながら話す。
「俺の言い方がきつかったんだってさ。」
「え?」
「いつもより素っ気ないって言われた。」
「あぁ…」
そういえば、昼も様子が変わったって言ってたな、と研磨は思い出す。
夜久が彼女を見つめる横顔を研磨は見ながら、黒尾のことを少し考えた。
最後の戸締りをした黒尾に、研磨が問いかける。
「クロ、なんで時穏に言わないの?」
「ん?」
「俺も好きだって。」
「んー…いや、ちょっと悩んでることがあってな。」
「?」
何を?と目で訴える研磨に、黒尾が口角を上げる。
「俺より、夜久のほうがいいんじゃねぇの?って。」
「…なんで。」
「いや…なんつーか。時穏に好きだって言われて、考え始めたところがあるんだわ。」
それまで、そういう目で見てなかったんだよ。と答える黒尾。
研磨は「じゃあ、なんでそう言わなかったの?」と問う。
「…なんでだろうな。」
「…どこかで、時穏を想ってるから、でしょ?」
研磨の言葉に黒尾は「…だよな。」と項垂れる。
「…でも、ほかにも理由あるんだろうね。」
「…さすが研磨。」
「…。」
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