笑顔の瞬間
時穏が兄の結葵と音駒バレー部の試合を初めて見たあの日。
それは、時穏が音駒に行くと決断した日だ。
試合を終えた夜久の元へ結葵と共に会いに行った。
夜久は知らなかった。結葵が妹を連れてきていたことを。
赤いジャージの集団。
高校生、年上、男、それだけ恐怖ワードが揃っているその場に時穏は結葵の背についていくことで精いっぱいだった。
「夜久!」
結葵が手を上げて友人の名を呼ぶ。
手前にいた夜久に時穏は救われた。
赤いジャージ集団に入っていかなくて済んだのだから。
ホッと胸を撫でおろすも、周りからの視線をしばしば感じていた。
真っ赤なジャージの集団、それだけで観客や他校生の視線は自然と向けられてしまうものだった。
おどおどする時穏の姿を見た夜久が「お前、彼女連れてきたのかよ。しかもいつの間にだよ。すげぇ可愛いし。」と結葵を軽く睨む。
「あぁ。ちげぇーよ。」
「はぁ〜?」
何が違うんだよ、とさらに睨む夜久の目の前に摘み出された時穏。
視線を合わせれば、彼女は目を少し見開いて口をポカーンと開けた。
ドキッとした。
兄も容姿が整っているためか女子からは人気。
その妹となればもちろん可愛いのは間違いない。
やべ…何これ。
胸が掴まれた感覚。
今までに感じたことのない感じが一瞬で駆け巡る。
「俺の妹。よく間違われんだよな〜一つ下だし。」
「妹?!お前妹いたのかよっ」
「あれ?話したことなかったっけ?」
「ねぇよ。お前女の話ばっか。」
「あっバカッしーっ!」
妹には聞かれては困るらしい結葵が慌てる様子を見てふっと笑みを零す夜久。
その表情に時穏は釘付けだった。
優しそうな人だ。
「…時穏。俺の友達、夜久。」
結葵に紹介された夜久はいつもと変わらない顔で少し頭を下げる。
「どうも。」
そんなことどうでもいい、と言わんばかりに時穏が一歩前へ出た。
驚いた結葵はその様子を見つめる。
「…あの。」
「ん?」
夜久に話しかけた!!と結葵は驚く。
夜久は彼女の落とされた視線を見つめながら首を少し傾げた。
時穏は視線をゆっくり上げると、夜久に真っすぐ言葉をぶつけた。
「すごく、カッコよかったです。」
「……。」
結葵はぽかんと口を開けた。
時穏は恥ずかしそうに俯いた。
夜久は右手で口元を覆うと視線を逸らして「…ありがと。」と返事をする。
その返事を聞いた時穏は顔を上げ夜久を見ると、視線の合った彼に無邪気な笑顔を向けた。
「あーやっぱり、うん。間違いねぇ。」
「ん?何が?」
思い出し、自分でも再度確認する夜久に結葵は首を傾げた。
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