距離
5月上旬。
ゴールデンウィークを間近に、練習に励む音駒高校バレー部。
いつものように体育館では練習が行われようとしていた。
1年生が準備をしている中、欠伸をしながらやってきた研磨。
その背を追うように入って来た時穏が右隣で話している夜久の姿を見て目を輝かせた。
「夜久先輩!」
「うお…時穏、お前なぁ…」
「抱き着く前に抱き着いていいですかって聞け。」と今更なことを言う夜久の言葉なんて無視して「きょうもカッコいいです。」と呟けば「人の話を聞け!」と身を離される。
「うぅ…なんか最近冷たくな…い、ですか…」
「あ?」
夜久を見た時穏の視線の先には、張り付けた笑みを向ける黒尾の姿。
「く、黒尾先輩…」
「時穏ちゃん?ちょっといいかな?」
「いや…先輩いるなんて気づかなくて…」
「それは夜久しか目に入ってなかったってことでいいんだよな?」
夜久は「そうとは言ってねぇだろ…」と苦笑いをする。
黒尾に詰め寄られるごとに夜久の背に身を縮めて隠れる時穏。
「夜久に隠れても無駄だぞ。」
「黒尾、どーゆー意味だ。あ?」
持っていたボールで黒尾に向けて投げようと狙っている夜久に「待て!話せばわかる!」と必死になる黒尾にくすりと笑う時穏。
『その辺俺、ちゃんとしたいから。流すな。』
黒尾に言われたあの日以来、黒尾から声をかけてくることが多くなったな、と感じている時穏。
以前より距離が少し近くなった感じがした。
あの日、帰宅すれば待っていたのは兄の結葵。
『お前黒尾に好きだって言ったの?』
『!!』
慌ててソファーでくつろぐ兄に歩み寄り『どこで聞いたの?!』と詰め寄る。
結葵は目を見開いて驚いた様子を見せるなり『私は、毎日先輩のことで頭いっぱいです。って?』とにやりと不敵に笑った。
『黒尾先輩め…』
『いや、黒尾さ。すんげぇ悩んでたんだと思うぜ?俺らに話すくらいだし。』
その結葵の言葉に不思議に思う時穏。
『俺らって…もしかして、夜久先輩も?』
『あったりまえだろー?夜久と俺と黒尾の仲なんだから。』
ソファーから立ち上がる結葵。
その隣で固まる時穏。
彼女をチラッと見るなり兄は『何。夜久に知られちゃマズイことでもあんの?』と問いかけた。
その名に、時穏は視線を落とす。
『…夜久先輩に抱き着けなくなる…』
『なんだ。夜久が好きだって気づいたのかと思った。』
『なっ…確かに夜久先輩はカッコいいよ?でも、私が一目惚れしたのは黒尾先輩だよ。』
思い出すのは、兄に連れて行ってもらったバレー部の試合。
誰も知らないそのコート上で、目が自然と追うのは黒尾だったことを思い返しては心が温かくなる。
『でもやっぱりあのカッコいい先輩に抱き着けなくなるのは…』
『…別にいいんじゃね?』
『え?』
冷蔵庫からペットボトルに入った水を取り出すなり、それを飲む兄を見る時穏。
ボトルから口を離すとニッと笑った。
黒尾と夜久の攻防を見守る時穏。
“夜久は嫌じゃねぇだろうし、黒尾とは別に付き合ってねぇんだし。それで、黒尾の心境に変化があるかもしれねぇしな。”
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