流すな
『私は、毎日先輩のことで頭いっぱいです。』
黒尾の目の前に立つ友達の妹。
部活のマネージャーで、後輩。
俯く時穏に一歩歩み寄った黒尾。
それにつられるように、顔を上げた時穏と目が合う。
グラウンドで部活が始まる前なのか、生徒たちの声が交わされているのがわかる。
人が近くにいる気配はない。
今、ハッキリさせなきゃダメだ。
…うじうじ考えんのは御免だぜ。
「時穏。」
「…っ」
名前を呼んだだけで、びくりと肩を揺らした彼女に参った。
言い難くなる…でも目を瞑って考える。
ダメだろ、今しかねぇだろ。
「『私は、毎日先輩のことで頭いっぱいです。』って、意味は…俺の考えてることでいーのか、どうかって話だけど…。」
それだけ知れば、どうにかできるんじゃねぇかと思う。
そこだけは、はっきりさせたい。
あれは…お前の気持ちか?
時穏は相変わらず顔を赤くさせて俺をジッと見つめる。
俺なら見れねぇところだな。
「先輩は…それ聞いて、嫌でしたか。」
「え?」
逸らした視線を時穏へ戻せば、時穏が俺から視線を逸らした。
こういう仕草っつーの?…素直に出すよな、時穏って。
しかも聞いて嫌でしたかって…認めたよな完全に。
「あー」と困ったとでも言うように頭を掻く黒尾。
ここは、素直に言うべきだろう。
「嫌じゃねぇよ。むしろ嬉しい。」
嫌じゃねぇ…ただ。
時穏が視線をゆっくり上げた。
その瞬間を狙った。
「まだはっきり言えねぇんだ。悪いな。」
時穏の言葉で、見方が変わったと言った方が正しい。
今まで触れてほしいと思ってたのは、ただ夜久や研磨には触れるのに、俺に触れないことに特別感ではなく、疎外感があったからだと俺は思ってたが、時穏は特別感を出していたんだろう。
今気づく、言われて気づく、それで好きだって言うにはまだ早い。
「時間くれとまでは言わねぇけど…」
少し考えたい、と口を開いた時。
時穏が「それって…」と小さく呟いた。
視線を落とせば、目を見開いて俺を見上げる時穏の姿。
「期待しても…いいんですか?」
どこか、今にも泣きそうな彼女の姿を目の前にして「あー。」と視線を逸らし、感情を抑える。
「まて、時穏。それ以上何も聞くな。」
「え…」
しゅんと落ち込む彼女を見て、目を瞑る黒尾。
「その辺俺、ちゃんとしたいから。流すな。」
「…流す?」
本人は流しているつもりはない様子だが、黒尾は押されている感じがして焦っていた。
「とりあえず、部活だ。」
「…はい。」
何とも言えない表情をしている時穏、まぁ無理もないな、と罪悪感を感じる黒尾。
しかし、時穏の気持ちは、先ほどよりいくらか軽くなっていた。
[ 17 / 80 ]
prev | list | next
しおりを挟む