Love Game[完結] | ナノ

かわいーヤツ


「くぅ…届かない。」


体育館倉庫にて、上の棚に見える赤い横断幕に一生懸命手を伸ばす時穏。
体育館ではボールの跳ねる音とシューズが擦れる音が響いている。

それに安心して必死に手を伸ばしていた。

…油断していた。


「なーにやってんだ。時穏。」

「え…」


真っ暗な体育館倉庫には、開かれた扉から入り込む明かりだけで照らされている。
時穏からは逆光で顔が見えにくいが、声からして黒尾の声。

しかも…ニヤニヤしているのがわかった。


一番見られたくない人に、見られてしまった。
その気持ちが時穏の顔を真っ赤にさせた。


チラッと視線を移せば、黒尾の手にはボール。


そうだ…ボールが転がってくるなんて常識的な場合を考えてなかった。


練習に打ち込んでいる部員たちにすっかり安心仕切っていた自分に恥ずかしく思う。


そんな彼女を見て、黒尾は中に入ってきた。
背が高いため一瞬体育倉庫が真っ暗になる。


「そこに何かあんのか?」

「あ…その…」


近い…やばい。


狭い体育館倉庫。
それでなくても物であふれかえっているというのに、僅かな隙間に身を滑り込ませていたせいで逃げ場を失った。

顔を上げることなんてできず俯いたまま口を必死に動かす。


「横断幕が、あるんです…けど。」

「横断幕?…あぁ、俺が乗せたんだっけか…」


黒尾先輩が乗せたのか!
どうりで届かない場所に置かれてると思った…。


心の中では普段の自分なのに、口には出せない。


「ちょっと持ってろ。」と彼が持っていたボールを手渡され、受け取るなり、目の前に真っ白なシャツが広がる。

グッと腕を伸ばした黒尾。
その瞬間、少し俯いていた時穏の視界に入ったのはシャツとズボンの隙間から覗いた腰だった。


ドキッとした時穏は視線を逸らすべく黒尾に声をかけようとした。


「せんぱ…」


目を見開いた。
それは時穏だけではなく、黒尾も。

目がバッチリ合い、頬を赤くしたまま口は僅かに開き、間抜けな顔を向けている時穏。

その顔を見た黒尾がふっと笑い、彼女の頭を撫でた。


「ほんと、かわいーやつだな。」

「…え…?」


「ほら。横断幕。」と手渡され、それと交換するように手に持っていたボールを黒尾が取る。


「あ、ありがとうございます。」


体育館倉庫を出たところでお礼を言う時穏。
黒尾が「あ。」と思い出したように振り返る。


「礼なら時穏ちゃんのハグがいいんだけど?」

「うっ…それは…」


まだ引きずっているらしい黒尾。
貼り付けたような笑顔で手を広げている彼を目の前にして戸惑う時穏。

そんな姿でさえ、可愛いと思う黒尾がいた。


「おい、黒尾。あんま虐めんなよ?」


近くにボールを取りに来た夜久が呆れた顔をして黒尾を見る。
振り返る黒尾は「虐めてねぇーよ。」と軽く言う。

話をする黒尾を見ながら、時穏は思い出していた。


“クロはいつもどうすれば時穏が抱き着いてくれるのかを考えてるけどね。”

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