当日
バレンタイン当日。
部活を終えた二人は名前の家にいた。
でも、空気がおかしい。
「研磨…怒ってるよね?」
「怒ってない。」
「嘘!」
「…。」
ふいっと名前から顔を背けた研磨。
名前は視線を落とした。
「…何で嘘つくの…」
「…こんなことで、って…思わない?」
「?」
じっと研磨の後頭部を見続ける名前の耳に続けて言葉が入ってくる。
「わかるよ。マネージャーだから、みんなにあげなきゃいけないのは…でも…嬉しくはない。」
その話を聞けば、名前は口元を緩ませた。
顔を背けたままの研磨は何も言わない彼女が気になりそちらへ視線を向けようとした。
そこを、名前は躊躇いなく抱きしめる。
「へへ…研磨可愛い。」
「可愛いはやめて。」
「嬉しいよ。そういうの。確かに仕方ないことだけど…それだけ研磨は私のこと想ってくれてるってことでしょ?」
右を向けば名前がいて、彼女は幸せそうに微笑む。
その顔に、余裕を感じて…その余裕を除きたくなった。
右手を名前の肩へ伸ばす研磨。
その動作をじっと見ている名前に「キス、してもい?」と問いかける。
名前の瞼が閉じられる前に、そっと触れるだけのキスをした。
キス自体、久しぶりだった。
手を繋ぐことや抱きしめることはあっても、どこでもできる行為ではない。
研磨の肩を掴んで、名前は自ら再び彼の唇に自分の唇を重ねる。
驚くことのない研磨は、キスの最中思い出したことがあった。
彼女に回した腕で、そっと身を倒す。
唇を離せば「名前…」と静かに名前だけを呼ばれ視線を上げた。
その光景には、見覚えがあった。
「…クロから聞いた夢って、どんな?」
「っ…」
その夢を思い出していた名前は、両手で顔を覆う。
「い、言わなきゃダメ?」
「うん。」
こういう時の研磨は、意地悪だ。
そして、もう曲げない。
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