「かわいい」
研磨は、どちらかと言えば、奥手なのかもしれない。
「名前、」
最近まで、そう思ってたけど…今は、そうは思わない。
背後から手を引っ張られると同時に、よく知る人の手の感触がする。
反射的に、ギュッと握りしめれば背後の彼は不思議そうな顔をしているんだろうな、と思う。
でも、今日は違った。
ぎゅっと握り返される手と、背後に感じる人の温もり。
「…おれじゃなかったらどうするの。」
「ここに手握る人は研磨しかいないもん。」
少し後ろを向けば、研磨は顔を背けた。
「そんなの、わからない…」と。
誰にも、何もされてないのに…された時のことを考えて、すでにヤキモチを妬いている。
どうしよう…かわいい…。
ここが体育館ではなければ即、目の前の彼に抱きつきたいところ。
でも、出来ない。
それなら仕方ない…。
少しでもこのトキメキ、わかって欲しい。
そう思う名前の口からは、すでに彼に向かって言葉が放たれていた。
「かわいい…」
「…。」
背けていた顔、視線だけを名前に向けた研磨。
その視線は、冷たい。
「その言葉…禁止にする。」
「やだ。」
「おれがやだ…」
うっ…と身を引く名前。
本人が嫌なことは知ってる、分かってもいる。
でも、言いたくなる。
それを、言えなくなってしまった名前。
黙り込み、どうして耐えようかと考えている彼女を見てチラッと視線を逸らすと、繋がれている手を研磨は引いた。
お互いが、踏み出す足。
距離はないに等しいほど近い。
名前の耳元に口を寄せた研磨。
「かわいい。」
そう言われた彼女はいつも顔を赤くする。
付き合って半年経った。
この前の久しぶりのオフ日は、黒尾によって結局何もなかったが、あの日から研磨は不意にドキッとさせる。
「うぅ…」
「?」
本人は言い逃げするのが決まりだ。
言って、そのまま誰かの元へ逃げる。
名前は、ジャージの袖で顔を隠した。
近くを通った山本が不思議そうに彼女を見つめていた。
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