赤いリボンの猫-続編-[完結] | ナノ

…ほんと、ずるいなぁ。


着替えを終えた名前は、部室棟の階段を降りてく。
まだ夜でも蒸し暑いため、帰って早く汗を流したいと思っていた名前の視界に部員の姿が映った。


足を止めてそちらを見ると、名前の姿を見た研磨が「あ。」と声を上げた。



「帰る?」

「うん…研磨は何してるの?」



いつも黒尾や他の部員たちと共に帰っているのに、今日はなぜか残っている様だ。



「クロが残って練習するらしいから…名前と帰ればって。」



マネージャーになってから変わったことがある。
なりたての時は、あまり合わなかった研磨の視線が今はよく合うようになってきていること。

そして、視線が合わないときは…少し後ろめたい気持ちがあるときだ。



「…うん、じゃあ帰ろう。」



断るわけがないのに、不安になる気持ちはわかる。

名前の返事に研磨は「うん。」と頷くと門へ向かって歩き出した。


相変わらずスマホでゲームをしているのか無言で歩き続ける研磨を隣に、名前も無言で歩き続ける。



久しぶりに帰ると、こうなるものなんだろうか。



変に緊張して、何を話そうか考えていると、研磨が「名前は…」と口を開いた。
それに「ん?」と隣へ視線を向け次の言葉を待つ名前。

研磨の視線は相変わらず手元にあるスマホ画面にあるが、頭では彼女のことを考えている様だった。



「いいの?」

「…何―…あ、メイド服のこと?」

「うん。嫌なら…言った方がいいよ?」



「クロたち、勝手に話進めてたから…」と言うとスマホからゲームのBGMと思われる音楽が流れる。

視線を名前に向けた研磨は、バッチリ合った彼女の視線に僅かに首を傾げた。


名前は嬉しくて堪らなかった。
あんなに面倒くさそうに、何も考えていない様な姿を話のときは見せていたのに、彼はちゃんと自分のことを見てくれていたんだと。

名前自身も、ずっとそのことを気にかけていた。
正直に言えば、嫌な気持ちがあるが…制服だと思えばそうでもないな、と思っていたのが今の心情だ。



「…ほんと、ずるいなぁ。」

「なにが?」

「あんなに早く終わってほしいって顔して全く興味示してなかったくせに、私のことはちゃんと考えてくれてるんだね。」



研磨は「…べつに…あの状況は誰が見てもクロと山本の独断だったし。夜久くんも気にしてたし。」と言い訳を付け足す。

ふふ、と笑うと嫌な顔をすることは予想がついた。



「ありがとう。研磨。」

「…。」



スマホに視線を移しながら、呟くような声で「…うん。」と言った研磨の返事を名前はちゃんと受け取った。



「研磨はいいの?」

「え?なにが。」

「私がメイド服着て客寄せ役、担っても。」

「別に…何もなければいい。」



“何もなければ”というのは、恐らく夜久が気にしていた“他校の人たちに絡まれないか否か”ということだろう。



「…もしかして、ちょっと着てほしいんじゃ…?」



“着てほしい”なんて言われてしまえば、なんて反応を返せばいいのか困るのは自分のくせに、調子に乗って口走った名前に、研磨が視線を向けた。



「もしかして…なんか期待してる?」



「別にー。」と前を向く名前に、怪訝そうな顔を向けて「じゃあ、着てほしい。」と平然とした顔で言う。



「ちょっとは照れてよ。」

「…。」



眉間に皺を寄せた研磨に「名前、最近扱いが雑になってきたよね。」ととんでもないことを言われ、名前は慌てた。

研磨が口角を僅かに上げたのを見て名前はやられた…と思った。



「面白い。」

「…最近、研磨は夜久先輩に似てきたよね。」

「俺が似たんじゃなくて…名前が誰にでもそういう人柄だから、でしょ。」

「…どうしようもないじゃない、それ。」



そんな他愛のない話をしながら、二人は帰路についた。



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