勿体なくない
「……」
黙ったまま保健室へ歩いてく研磨に、声をかけた。
「研磨」
振り返って僅かに首を傾げたあと、ん?とだけ返事をした彼。
「…ううん、ごめん」
「なんかあった?」
その問いかけに、本当にただの寝不足で…と言えない自分の唇を噛み締めた。
わかってる。そんな嘘言ったところで、逆にその訳を問いただされるだけであることを。
「…ちょっと、寂しい」
ぽつりと呟かれた言葉を聞いて、研磨が僅かに動いたのがわかった。
ちらっと顔を上げて盗みみれば、表情が見えず顔を背けられたのだと後でわかった。
「…研磨、ごめん。変なこと…」
「ううん、いい」
「え?」
歩み寄り顔を見ようとするもさらに背けられたその動作。
「ごめん…」
「いやっ…私のわがままで…!わかってるよ!予選前だしこれでもマネージャーだし…会う時間もないのわかってる…けど…」
研磨が、視線を落としたまま呟くように彼女に言った。
「嬉しい」
言葉が詰まった。
照れていて、目が合わない彼からのその一言が、彼女の心を揺らすには十分だった。
「おれも同じ」
小さな声だが、名前にはしっかり聴こえている。
目が合うと、ドキドキしてくるのがわかる。
あぁ…どうしてこんなに好きなんだろう。
「…研磨…」
「ダメ」
「…何も言ってないのに?」
ちょっとくらい、今だけだから甘えさせて欲しいと、彼のジャージの袖を掴むものの拒否されてしまった。
「離したくなくなる、から」
やんわりと視線を背けられた。
でも、それは拒絶ではないことがわかる。
「保健室行こう?変わらず顔色悪いし」
「…うん」
「どこか悪いの?」
「ちが…ちょっと考えごとしてたら寝不足に」
「考えごと?」
なに?それ。と目で訴えられる名前は言うしかないと意気込む。
「け、研磨が、女の子とよく話してるから…」
「なにそれ?」
「なにそれって…ヤキモチだよ」
ふいっと、今度は彼女が視線を落とす。
あまりにも素直な彼女に小さく笑う。
「勿体ない」
「あーっそんなこと言う!勿体なくないっ」
研磨の真ん前で向き合う名前。
ムスッとした顔ではっきりと言うのだ。
「好きな人のことを想う気持ちに勿体ないなんて言わないで」
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