チラッと視線を上げると、にこにことしている彼女の姿があった。
鼻をすすりながらも、元気なその姿には参る。
「なんで…」
「なんでって部活でしょ?」
制服の上に黒のコート、赤のタータンチェックマフラーの彼女はマフラーに首を埋め、へらっと笑う。
可愛い、なんて思いながら研磨はマフラーに顔を埋めた。
「きょうないよ」
篭った声でそれを聞いた名前は目を見開く。
「えっなんで!」
「予定ではあったけど、冬休み前の点検だって…体育館とか、グラウンドとか」
だから運動部も文化部も休みになったのだ。
それを知らなかったらしい彼女は、たまたま更衣室の前で黒尾と待ち合わせていた研磨に遭遇したようだ。
「なんで言ってくれないの…?」
「マネージャーだし知ってるものと思うじゃん…」
「みんなそう思ったんだね」
「たぶん…」
マフラーからもくもくと白い煙が上がる。
真冬のこの時期に外で人を待つのはなかなか酷だ。
「わかった。じゃあまた明日ね」
僅かに鼻の先を赤くして、へらっと笑うカノジョは紛れもなく彼女。
細い指を手袋もせず曝け出して冷たい空気を僅かに切る。
「待って」
「……ん?」
手をすぐさまコートのポケットへ入れた彼女は背後からの声に振り返った。
目に入ってきたのは視線を落とす研磨の姿。
「……」
チラッと彼女をみて、手招きする。
名前はなんだなんだと歩み寄った。
「一緒に帰ろ?」
「えっ悪いよ黒尾先輩に」
「どちらかといえばこの状況…クロが悪いと思う」
黒尾を待ってはいるものの、彼女とばったり出くわし、一人で帰らせるより少しでも長い時間そばにいられたらと思う。
「待ってて、クロに言いに…」
「えぇっ研磨が直々に行かなくても待ってれば…」
「だって」
タイミング良く、彼女がくしゃみをする。
「鼻すすってるし、早く帰った方がいいな…と思ったけど、ごめん。何も考えずに呼び止めたから…」
「風邪じゃないから大丈夫、研磨は何も悪くない」
優しい研磨の言葉を聞いて、納得した。
あの、いかに動かずにして済まそうかとする彼が自ら腰を上げたのだから驚くも無理はなかった。
彼女のことを考えての行動は少し違うのか…?
「いいから待ってて。すぐ戻る」
そう言って、彼女のチェックのマフラーの上から自分のマフラーを重ねるように巻いた。
「…ふふ」
「え?」
何、気持ち悪い。と、怪訝な表情を見せながらも言葉を待つ研磨に名前は言った。
「研磨の匂いだ」
「……」
黙り込み、何も言わない彼の顔色を伺うように見ると目が合った。
「待ってて」
「うん。待ってる」
何も言い返さない彼の背を見つつ、思い直した。
何も言わなかったのは、面倒くさくなったからだな、と。
首に巻かれたマフラーに顔を埋めて頬を緩ませる。
「愛だなぁ…」
幸せだ、と彼氏からの想いを受け止めた。
-END-