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Candy cutie baby
心地よい、秋と呼ばれる季節のはずだがまだ暑い。

登校には随分早い時間に、制服で眠いながら登校する夜久。
もちろんバレー部の朝練が行われるからである。


まだボーっとする頭を、部活を始めるまでには冴えさせていたところに、背後から良く知る声がした。


「夜久先輩?」


いつもなら聞かず抱き着いて来る彼女。
しかし、きょうは疑問形で不安そうな声色だったため、振り返った。
振り返り切る前に、ぎゅっと抱きしめられる感覚がして、ふっと笑った。


「タイミング…」

「あれ?」


いつもなら背後から抱き着いて来るくせに、今日は自分が問いかけたことで夜久が振り返るとまでは思っていなかった様子。
違和感を感じたらしい名前はそのまま視線を上げて夜久の顔を見上げた。

少し下にあるだけの視線だが、夜久にとってはそれはとても嬉しい光景。
名前の髪をそっと撫で、「いつでも名前は名前だな。」と笑った。




午前最後の授業を終え、移動教室だったため教室へ戻る3年5組の生徒たち。


「ひゃっほーい!メシだ!」

「苗字、教科書忘れてる。」

「え?あ、本当だ。」


すぐさま教室へ戻ろうとした結葵を捕まえ机を指さす夜久。
黒尾がその姿を見て「そういうとこ、名前に似てるな。」と笑う。


「え?なに?黒尾。」

「お前、耳遠くなったな。大丈夫ですか?」

「うっせ。聞こえてるわ!」

「聞こえてるじゃねぇか。」


そんな言い合いをしながら、教室へいつものように帰る夜久たち。
言い合う二人を前に、その背を付いて歩く夜久は呆れながら廊下の窓の外を見た。


名前、いないかな…。


学校を歩く生徒を見ると、彼女の姿を探してしまう。
確かに存在するはずの彼女は、学年が違うだけで同じ場所に居ない存在のような気さえしてくるほどに見かけることはない。


部活で会えるけど…。


そう思った時、遠くから名前を呼ばれた気がした。
振り返ってみれば、友達といる探していた存在がパッと表情を明るくして小さく手を振る。

その姿に、自然と口元が緩むのが自分でわかる。

手を振り返せば、少し頬を赤くして嬉しそうに笑う彼女をとても愛おしく感じた。




「あぁーやべぇ…」

「どうした。夜久。」


昼食を口にする結葵が不思議そうに夜久に問いかける。
そんな彼をじろっと見れば、彼は固まる。


「え?俺何かしたっけ?」

「いや…そうじゃなくて…」

「…あ〜名前だな?」


夜久=妹のこと、とでも定義付けられているかのように、彼は平然と言ってのける。

間違ってはいない。


「さっき手、振ってただろ。」

「え?」

「見てたぞ。苗字。」

「って、お前も見てるじゃねぇの…。」


ニヤニヤする結葵から告げられたことに少し恥ずかしくなったが、その背で黒尾が付け足した言葉にはさらに恥ずかしさが増した。


「まぁ〜あんな可愛いことされたら誰でも会いたくなるよな。俺も会いたいもん。」

「お前…いつもブレねぇな。」

「安定のシスコンだな。」

「へっへっへっ」

「「褒めてねぇ。」」


黒尾と夜久にそうツッコまれたが何も気にせず「でもさ。」と椅子から立ち上がる結葵。


「付き合っても可愛いって思えるっていいよな。ほら、俺は妹だからってのがあるけど…やっくんはちげぇだろ?」


黒尾に視線を移した夜久。


「妹ではねぇけど…一つ下ってだけで違うよな。」

「あー。それは俺も思うぞ。」


「未だに“先輩”って呼ばれるのがイイ。」と話す黒尾に夜久は「それは否定するけど。」と苦笑いをした。


「朝もさ、名前はわかってないんだろうけど…そういうことあった。」


顔を見合わせた結葵と黒尾。
二人して口角を上げる。


「幸せなことですなぁ〜」

「ほんと…可愛いから困ってるなんてな。」


惚気だな。とニヤニヤする二人を見て夜久は「もうお前らには言わねぇ。」と据わった目を向けた。




放課後、体育館で練習を行うバレー部員たち。
休憩に入った部員たちはタオルやドリンクを求めて端へ集まる。


「あーっあついっ」

「疲れましたぁ!」


汗を拭いながら声を出す山本とリエーフ。
その背後で真夏の時のように袖を捲り上げる黒尾の姿と、腕で汗を拭う夜久の姿があった。


「うおっ涼しい!」

「外の方が涼しいっす!」


名前からドリンクを受け取るなり、溜らず体育館を出た山本とリエーフ。
その姿を見て他の部員たちもぞろぞろと出ていく。

「体育館、お前らの熱気で気温上がってるからなー。」と口角を上げながら言う黒尾を横に苦笑いをしながらタオルを受け取った夜久。
僅かに指先が触れ、名前が咄嗟に手を離す。


「名前?」

「何でもないです。」


様子がおかしい彼女を見た夜久はタオルを首に巻くなり、ドリンクを指さす。


「ふーん…ドリンクもらえる?」

「はい。」


それを手にしたその手首を掴む夜久。
顔を上げた名前が慌てて顔を逸らした。


「…ふっ…照れてる。」

「照れてませんっ」

「顔逸らすとバレるぞ。」


「名前は隠すのが下手だってことを自覚しないとな。」とドリンクを口にする。
口を噤む名前をチラッと見て内心でため息をついた夜久。


じゃなきゃ俺が…。


「そういうことされると困るんだけどな。」


不思議そうな表情をして、夜久を見た名前。


まぁ…何言ったって、名前が可愛いのはかわらないか。


-END-
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