「名前ー!」
「はい!」
「…。」
体育館の中を、バタバタと忙しなく動く彼女の姿を、端の方で目で追う研磨。
ちょうど目の前を通り過ぎて行く彼女を呼び止めた。
「名前…」
ん?と研磨を見れば、彼女は歩む先を変えて本人の方へ。
そうじゃなくて、と首を横に振る。
ピタリと立ち止まった名前は難しい顔をした。
「あまり、頑張りすぎないようにね…」
言うだけ言って、彼女とは逆へ歩いていく研磨。
名前は、ふふっと幸せそうに微笑んだ。
「“研磨好き”。」
「黒尾先輩っ」
「…って思ったろ。」
ニヤニヤと嫌な笑みを見せながら、先ほどの研磨と名前を見ていたらしい。
ふいっと顔を背ければ図星も丸わかりだ。
「名前は研磨大好きだよな。」
「わかります?」
聞かれた黒尾は彼女を見て「見ればな。」と研磨に視線を移す。
「まぁ、研磨は誰よりお前のこと見てるだろうし、ちゃんとわかってるだろうよ。」
視線を研磨へ移した名前は難しい表情をした。
「黒尾先輩ってよく見てるよね。」
部活を終え、自主練をせず名前と共に帰路を歩いている研磨が顔を上げた。
「クロに、何か言われたの?」
「うーん。“研磨のこと大好きだなぁ”って。」
「なにそれ。」と視線を落とす研磨。
「それだけ私が研磨のこと好きだってことだよね。」
「あんまり…言わないで…」
「何でよ。」
「うるさい。」
ふいっと顔を名前とは反対へ背ける研磨に、彼女は微笑んだ。
「…名前って、香水とかつけてるの?」
「え?どうしたの、突然…」
突然じゃないけど…と顔を前へ向ける研磨の横顔を見ながら首を傾げる名前。
「前から気になってたんだよね。フルーツの匂いがするから。」
「…フルーツ?」
そんな匂いするかな、と自らの服を嗅ぐ名前。
でも、自分が身に纏う香りとは自身にはわからないものだ。
「はじめて、名前を見た時に…名前、おれの前通っていったの知ってる?」
「知ってる!教室入ったとき!」
二人の会話は、出会った時に遡る。
「あの時、いい匂いがして…ちょっと気になった。」
「えぇ。それ、私だからいいけど…ほかの子が同じような香りしてたら、それもちょっと気になるんじゃないの?」
今でも。と付け足した彼女の表情は、少し機嫌が悪そうだ。
研磨は「名前の匂いは、名前だけのもの。」と話す。
「同じ香水でも、人によって変わるんだよ?」
「へぇ…よく知ってるね。」
「でも、名前のは香水とかじゃないよね。」
「そうだね。私のは柔軟剤かな…あとは、部屋の芳香剤の香りとか!」
「あぁ。」と名前を見た研磨が柔らかい表情を向けた。
ふと、あ。と黒尾の言葉を思い出す名前。
「研磨、そんなこと気づいてたんだね。」
「?匂いのこと?」
「うん。」
「そりゃ、いつも近くにいたら…」とまで言って口を閉じた研磨。
「名前のことは、見てるよ。」
ちゃんと、と小さく付け足した研磨。
名前はふふふっと幸せそうに微笑んだ。
-END-
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