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これ以上は近づけない
梟谷学園高等学校。
2年6組の教室では見慣れた光景がそこにはあった。


「ねぇ、ダメ?」

「ダメ。」

「うぅ…」


教室の一角でバレー部の副主将を担う赤葦京治の姿と、その前の席に座って雑誌を指さしお願いするクラスメイトの苗字名前の姿。

広げられた雑誌、指の先には『期間限定、チョコチップ入りスイカ&メロンアイス。カップルで訪れると半額!』という広告。


バレー部で忙しい赤葦にお願いした自分が悪かったわけではない。
彼が「明日オフになったから…」と話してる途中で暴露したのだ。

それなら!と誘った。
いや、ただ食べたいだけ…ううん、そんなことない。
赤葦と行きたいと名前は思っている。


教室で話すうちに、それはもはや彼氏彼女じゃなくても違和感を覚えないものと化してしまった。

今やクラスでは「友達。」教室を出れば「恋人。」と言われる。


世にいう、友達以上恋人未満って奴でしょうか。
間をとって、そうしよう。


「じゃあ他の人と行く。」


そう言えば、赤葦の表情は難しいものとなる。


「他の人?」

「うん。赤葦行かないんでしょ?じゃあ他の人と行こっと。」


名前は雑誌をパタンと閉じると手で掴み、立ち上がろうとした。
しかし、それを上から押さえつけられる。

「なにさ。」と顔を上げれば赤葦が真っ直ぐ視線をこちらへ向けて「行くよ。」とだけ言う。

それに、にやにやと不敵な笑みを向ける名前に「なに。」と問う。


「…ふふふ。赤葦、私が他の男と行くと思ったんでしょ。」

「は?そうなんだろ?」

「誰も男なんて言ってないよ〜」


名前のニコニコした笑みにハァ?とでも言いそうな表情を向ける。


「だって彼氏じゃなきゃ半額にならないんだろ?なら男だろ。」

「違うんだなぁ。私は1人じゃなきゃいいの。」

「…。」


げんなりした表情。
赤葦はため息をついた。


「苗字…」

「ダメだよ!今更、友達と行けなんて許さないー。」

「いや、それはもういいんだけど…。そうじゃなくて…」

「なに?ヤキモチのこと?」

「…。」


珍しく照れてる赤葦を見た名前は、なぜか頬が熱くなってきた。


「赤葦って可愛いとこあるよね。」

「どっちが。」

「え?」


雑誌を取り上げられ、パラパラと捲られ「これ。」と開かれたページを見て絶句した。


そこはもうすぐ夏休みに入るための学生に向けて企画されたページ。
夏休みはバレーで終わってしまうであろう赤葦のことを考えながら、行くならここがいいかな、と印を付けていた名前。

でも、付けた後、叶いもしないその印を見て少し寂しく思っていた。


数秒後、名前の顔は真っ赤になる。
慌てて閉じたものの、時すでに遅し。

チラッと彼を見れば、ふっと口角を上げている。


「っ…こ、これは、赤葦と行きたいんじゃなくて!」

「へぇー。名前書いてたけど。」

「くっ…ってかいつの間に…」

「雑誌そのままにしてどっか行ったときに…すげぇ読み込まれてんなぁと思ったから。」


捲ってたら見つけた。と平然と言ってのけるあたり悔しく思う。


「…引いた?彼女でもないくせにって。」

「彼女に、なる?」

「……っはぁ?」


一瞬、呼吸をすることを忘れた。
普通に会話してるかのように見えて、実はしてない2人がいるにもかかわらず、周りはいつも通り何ら変わりない。


名前の心臓は急に忙しくなった。


「なんで…突然…」

「明日も、今日も、変わんないなと思って。」

「少なくとも私の心臓の忙しさは変わる…」

「いや、今すぐ触りたいなと思って…。」

「…え?」

「今のままじゃ、これ以上近づけないから。」


「言ったんだけど…」と、これまた平然と言ってのける赤葦。
名前は雑誌を広げ、指をさす。


「じゃあ、ここ行きたい。」


赤葦と、そう思っていた印の付けられた場所を見て彼は難しい顔をした。


「…合宿中…。」

「彼女のためにおサボりできませんかね?」


雑誌から視線を上げた赤葦をじっと見つめる名前。
彼はふっと笑った。


「俺がこれでサボるって言ったら、困るの苗字だろ?」

「…え?困んないよ。」

「私の好きになった人はそんなことしない。」

「!?好きとか言ってないし!」

「じゃあ嫌い?」

「好きです。」

「素直でいいと思うよ。」

「く…悔しい。」


悔しがる目の前の彼女を見て、優しく微笑む赤葦の姿を彼女はまだ知らない。


-END-
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