「夜久先輩!」
「げっ…」
「げってなんですか!」
3年5組の教室に堂々と入ってきては夜久にぎゅっと抱き着く。
2年3組の苗字名前。
研磨が言うには“ちょっと普通より元気な女子”だが、黒尾と夜久が言うには“すんげぇ元気な女子”だ。
この差は、彼、夜久にあった。
「ほんと夜久好きな、お前。」
「はい!大好きです!」
そう言って夜久に回した腕に力を込めた名前に黒尾はやや引き攣った顔を見せる。
夜久はもう慣れたようで、むしろ学んできた経験を活かしている最中だ。
「ねぇ夜久先輩っ私とデートしてください!」
「やだよ。なんで苗字としなきゃいけねぇんだよ。」
「酷い…私のこのあからさまな愛情が伝わってないんですか?」
「あからさまってわかってんなら、やめろ。」
黒尾から見ても、今の夜久はとても冷たい。
夜久もわかっていてキツく彼女に言葉を放っている。
それでも引かない彼女の強さは、夜久に対する愛の力がそうさせているのか…?
「なぁ、苗字。何でこんなに素っ気ない夜久のところに毎日来れるんだ?」
黒尾が素直な疑問を彼女にぶつけた。
彼女はそろっと夜久に回していた腕を解くと少し苦笑いをする。
「嫌なら…もっと、嫌だって言ってくれると思っているので…夜久先輩に、拒まれたことないんで…お誘いは断られてますけどね。」
少し、黒尾は彼女を見直した。
なんだ、思ったより普通の女子なんだ、と。
「なるほど、じゃあ夜久、お前はつまりそういうことなんだな?」
「どーゆーことだよ。ハッキリ言え。」
「え、いいのか?言うぞ?」
黙って二人の会話を聞いていた夜久に、黒尾がニヤニヤと不敵な笑みを向ける。
バツの悪そうな顔をした夜久が溜め息をつく。
名前は何のことかさっぱりわからず首を傾げた。
「苗字のこと、嫌いじゃねぇんだよな。」
「えぇ?!そうなんですか?!」
「あぁ、そうだな。」
「えぇえ?!」
黒尾の問いかけに、夜久は平然と答えた。
3年5組の教室にクラスの者でもない名前が声を上げる。
その教室にいた生徒たちの視線がちらちらと向けられ、夜久が「もっと静かにしろよ。追い出すぞ。」と言うと名前は身を隠すようにその場にしゃがんだ。
「じゃあ、じゃあ、好きですか?もしかして、それって好きってことですか?」
目をキラキラさせて夜久に問い詰める名前に眉間に皺を寄せる夜久はチラッと彼女に視線を向けると「好きだったらどうするつもり?」と問いかける。
黒尾はぎょっとした。
ちょっと場違いなんじゃないか、この空気とさえ思う。
名前は「もちろん先ほど申し込んだデートしてもらいます!」と満面の笑みを夜久に向ける。
夜久が黒尾に視線を向ける。
黒尾は何だ?とその視線を見つめる。
「苗字みたいなヤツ…身近にいるよな。」
「え…?」
名前の顔を見て黒尾は考える。
ん?と首を傾げる名前に、とある人物が浮上した。
「…お前、まさか、リエーフと兄弟とか言うんじゃねぇだろうな。」
「へ?誰ですか?名前?」
黒尾の苦笑いを見た名前はリエーフという単語に惑わされる。
「似すぎだろ…どうも扱いがしやすいわけだぜ。」
夜久が口角を上げる。
その表情に頬をほんのり赤くする名前に夜久は少し戸惑った。
「…夜久先輩ってカッコいいですよね。」
「カッコいいから毎日来てたんじゃねぇの?」
名前の呟きに、素直に顔を赤くした夜久。
黒尾は少し意外な言葉に驚いた。
「違いますよ?私は夜久先輩の腕に惚れました。」
「は?腕?」
「…ここへきて筋肉フェチが発覚したか。」
「違います!!」
夜久が自分の腕を見て難しい顔をする。
黒尾が呆れ口調で呟いた言葉に異議あり!と言わんばかり黒尾の机を叩く。
「レシーブの巧みじゃないですか。」
「……あぁ〜そっち。」
黒尾の目を真っすぐ見て言う名前に、黒尾はしばらく固まっていたがすぐ表情を緩ませた。
「あ?だけど苗字ってバレーしたことあんの?」
「体育でするじゃないですか。って、真面目な返しは置いておいて…私、小学校から中学校までバレー女子だったんですよ。」
「へぇ〜意外。」と夜久が言う。
「ポジションは?」と黒尾。
「セッターです。」
「「セッターかよ。」」
黒尾と夜久から即ツッコまれた名前は「えぇっどこだと思ったんですか?」と問いかける。
「そりゃお前、夜久の腕に惚れたって言うから同じリベロだと思うだろ。」
「違いますよ…セッターです。だから、試合を見るとき研磨にどうしても視線がいくんですけど、見てるとわかります。研磨、ほとんど動かないじゃないですか。特に夜久先輩のレシーブなんて10本中に1本動くか動かないかのレベルですし。」
「だからです!」と笑顔で話した苗字の頭を撫でる夜久。
驚く名前に夜久は静かに言う。
「ありがと。」
「…だから夜久先輩、その腕で私を抱きしめてください!」
「お前はなんでそうすぐ台無しにすんの?勿体ねぇなホント。」
「えーいーじゃないですか!好きなんです!抱きしめてほしいです!」と夜久に手を広げる名前に黒尾はため息をついた。
「こういう愛情は俺、遠慮してぇわ。」
-END-
back to top