感情
「自分が何に対して感情的になってるのか、わからなくてイライラする。」
「?」
ジャージを着終えた名前は研磨の方を見て、首を傾げた。
「きょう、クロが言った。名前のことが好きなんだろ?って。クロがそう思うなら、そうなのかもしれない。って俺は言った。」
その言葉に、ドキッとする名前。
至って平然と話す研磨に不思議さが増す。
「クロ…名前に触ったときあったでしょ?」
「え…あぁ、頭…」
ぽんぽんされた時だよね…。
そのとき、彼の表情が曇った。
「どうしたらいいか、自分でもわからない、気持ちになる。」
それは、私が黒尾先輩に触られたときの感情を言ってるんだよね。
どうしたらいいか、わからない気持ちか…。
考える名前に、研磨は「名前はマネージャーだし…って思ったりもする。」と告げる。
その言葉に、名前は、ん?と研磨を見た。
彼は相変わらず視線を下に向けたまま。
私が黒尾先輩に触られると、複雑な気持ちになる…
マネージャーだから、仕方がない気持ちだと思ってるってことかな?
でも、それだと気持ちはわかってるってことに…
“…そうなのかもしれない。”
言葉の鍵を開いていく名前の脳内は、研磨の悩みを一刻も早く解決しようと勉強以上にフル回転していた。
「へ…くっしゅん…」
「…中入ろ。俺、クロに謝ってくる。」
「あ、うん。」
二人して立ち上がり、体育館へ入った。
黒尾たちの練習する片面コートに近づいていく二人を見た黒尾が『おー。戻って来たのかー』といつも通りの対応をする。
そんな彼がよそ見をしていた時、向こう側から犬岡がレシーブしたボールが勢いよく横を通過していった。
そのボールの先にいたのは、名前だ。
名前は研磨の言葉を考えていて、周りが見えていない。
後ろを歩いていた研磨が咄嗟に彼女に手を伸ばした。
『名前!!』
『名前さん!!』
黒尾と山本が叫んだ瞬間、彼女の腕にめいいっぱい伸ばした研磨の手が届き、力づくで引き寄せられる。
「!?」
名前は何が起きたのかわからず、我に返った瞬間目の前をボールが通過していった。
コートでは『てんめぇ犬岡ぁ!』と山本の怒り声と、黒尾の呆れ『夜久連れてこい。』という声で、犬岡は顔が真っ青。
「しっかりして、名前…」
「あ、ごめ…ありが…」
相変わらず腕を掴まれたまま、二人ともフリーズしていたところを、先に研磨が目の前の彼女に声をかけた。
それにハッとした名前は勢いよく振り返った。
目と鼻の先…とは、このことを言うんだろう。
見上げた先にはすぐ研磨の顔があった。
「っ…ごめ…」
研磨の胸を押して身を反射的に離すと、手から胸の鼓動が伝わってくる。
顔を真っ赤にする名前を見た研磨は視線を彼女から逸らした。
この時、名前はわかった気がした。
もしかして…研磨は…。
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