赤いリボンの猫[完結] | ナノ

元気がない原因


「…。」



『おい、どうした?そんなにボール見つめて…』



放課後、体育館。
音駒高校男子バレー部では、いつもと何ら変わりない時間を過ごしていた。

しかし、練習中だというのに、ボーっと自分が手にしているバレーボールを見つめて立っている研磨の姿に、黒尾が声をかけた。


研磨はそっと視線を上げて、黒尾の顔をチラッと見るとすぐ視線を元に戻し口を僅かに開いた。



「ボールって、なんで丸いんだろう…」



『は?何言ってんだ、お前…』



黒尾は研磨の小さな呟きに表情を一変させた。

それは、間違いなく心配…というより…



『サボりたいならもっとマシな手を使え。』



「…。」



呆れた感情からくる、呆れ切った顔だった。

研磨は、ハァ…と重いため息を吐くとボールを手にしたままトボトボとどこかへ向かう。
その背に黒尾が『おい、どこ行くんだー?』と声をかけると足を止め、ゆっくり体を横へ向け「もう…ほっといて。」と言い捨てコートの外へ。


壁際に背を付け、練習するメンバーを見ながらまたため息をついた研磨は眉間に皺を寄せた。

その姿を見ていた山本が『あの、黒尾さん。』と黒尾に声をかける。



『なんだ?』



『研磨なんすけど…今日、妙な噂が2年で流れてて…』



『妙な噂?』



『なんだそれ。』と山本に問いかけた黒尾。
山本は、意を決したように黒尾に言った。



『一人、学年にめっちゃ可愛いってわけでもなければ、めっちゃモテるってわけでもない女子がいるんすけど…その子が、研磨が好きとかっていう…』



『はぁ?それと研磨のあの状態と何の関係があるんだよ。』



黒尾は怪訝そうな顔を山本に向ける。



『結構モテる子なんすよ…だから、その女子を狙ってた男子たちに視線とか、何か嫌味とか言われてるみたいで…アイツ、目立つの嫌じゃないすか?だから…』



『…いや、そうじゃねぇだろ。2年だっていったよな?』



『…?そうっすけど…』



黒尾は、山本の言葉を聞いてハッとした。
研磨の姿をもう一度見るなり、歩み寄る。

山本はただその背を見つめていた。



『研磨。』



「…なに。」



相変わらず、元気がない。

まさかこれほど彼女が威力を持っているなんて知らなかった黒尾はふっと笑った。



『…お前、大好きなんだな。』



「…わかったんならそっとしておいてよ。」



『そっとしておいて治るもんでもねぇだろ。大好きな彼女は今監督に呼び出されてるだけだ。』



「…そうなの?」



研磨の元気のなさは、マネージャーである彼女の姿が見えないことから、噂を聞いて来ないんじゃないか、と不安になっていたのが原因だった。

黒尾は彼女の所在を伝え、顔を上げた研磨に思わず笑いがこみ上げた。



『ぶっ…お前、バカだろ。うちのマネージャーより人気ある女が2年にはいんのか?』



「…それは、そうだけど…気にしてるかも。」



『…不安そうなら、お前だけが好きだって言ってやればいーんだよ。』



「できるわけないじゃん。」



『…じゃあ、キスの一つや二つくらいしてやればいーんじゃ…いって!!』



黒尾の背後に、夜久の姿があった。
黒い負のオーラを纏っていて、とても怒っているようだ。

黒尾の言葉を聞いていた夜久は研磨の代わりと言ってもいいほどの蹴りを食らわせた。



『お前、いい加減にしろ。研磨も戻れ!』



「…はい。」



『おい、夜久。お前、なんだ。』



『お前は研磨と幼なじみなんじゃねぇのか。全く研磨の心をわかってねぇんだな!!』



「…ありがとう。夜久さん。」



研磨は、夜久の言葉のおかげで黒尾に対する感情がすっと消えてなくなった。

だが、この時、研磨の心の中はすっかりいつもの状態へ戻っていた。



-end-


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