(7/8)□□
「どうして君が謝るんだい」
「さっきのは、わたくしが悪いのです……泣いてしまったのは、嫌だったからではなく……びっくりしてしまったからなのです。あの、わたくし……人から何かを頂くのって、初めてでしたから……」
訥々と、水が滴るような調子で、鈴は信じられないようなことを語った。
「え、初めてって、本当に?」
「はい。肉親を除いたら、今まで何も……ですから、セルジュ様からの贈り物が嫌だったわけではないのです。むしろ、あの……とても、嬉しかったです」
鈴は恥ずかしそうに顔を俯け、さらに耳まで真っ赤になった。
こんな時なのに、素直に可愛らしいと思ってしまう自分がいる。それくらい、庇護欲を刺激する仕草に感じられた。
「泣いてしまって、本当にごめんなさい」
「ああいや、誤解が解けたならいいんだ。じゃあ、改めて受け取ってくれるかい?」
「はい……喜んで」
持っていた髪飾りの箱を再び渡すと、鈴は今度はほんのりと笑ってくれた。自分には、その笑顔はどんな大輪の花よりも輝いて見えた。
「綺麗ですね、これ」
「……そう言ってくれて、嬉しいよ」
「これ、今着けてもいいでしょうか」
「ああ、ぜひ見たいな」
パッケージから椿を掌に移して、鈴は部屋の奥に引っ込む。二、三分ののち現れた彼女は、編み込みにした髪のサイドを後ろでまとめ、後頭部に髪飾りを留めてハーフアップにしていた。それまで見たことのなかった鈴の耳が、ちょこんと慎ましく頭を覗かせていた。清楚な印象がより際立っている。
恥じらいを含んだ様子に、なぜかしらどきりと心臓が跳ねた。
「いかがでしょうか……」
「うん、似合うよ。耳が出ていた方が可愛い」
そう感想を伝えつつ、思わず立ち上がって、鈴の耳にそっと触れていた。
間髪入れず、彼女の顔は真っ赤になった。頬を手で覆い、鈴が慌てて顔を逸らす。俺も慌てて手を体の前で振った。しまった。せっかく関係修復できそうだったのに、自分ときたら何を血迷ったことを。
「ああごめん、今のは問題発言だったかな」
「いえ……」
鈴がちらりとこちらを見上げた。何かしらの強い意思が、瞳に灯っているように感じられた。
「え」
頓狂な声が漏れる。不意に胸が温かくなって、数瞬、何が起こったのか分からなかった。
鈴が俺に抱きついている。
我に返った時には、鈴の体が自分に密着していた。目の前で展開する事態に頭が着いてこず、思考が真っ白になりかける。どういうことだ、これは。
「り、鈴?」
「……いけないことだと分かっています……。ですが、お慕いしております……」
絞り出すような声だった。禁忌に触れているとでも言うような、切なく、寂しく、それでいて何かが燃えているような、そんな声色。きゅ、と胸に置かれた鈴の手が、物欲しげに、もどかしげに握られる。
いつしか、彼女はさめざめと泣いていた。
半ば呆然として突っ立っていると、何かを振り切るみたいにして、鈴の体は俺からぱっと離れた。
「すみません……今のは、全部忘れて下さい……」
「待ってくれ、鈴。いけないことって、どういう……?」
鈴がまた部屋の奥へ引っ込もうとする。その細い手首を、ここで行かせてはいけないと、反射的に握っていた。
どうも齟齬が生じているようだ。いけないこと、の意味が分からなかった。
鈴が楚々として唇を震わす。
「……何回かお会いしているうちに、いえ――初めてお話しした時から、心惹かれておりました。わたくしは、あなたのことが好きです。でも……セルジュ様には、奥さまがおありでしょう。ですから――」
「いや、俺は独身だし交際相手もいないけど……」
「えっ?」
今度は鈴が頓狂な声を上げる番だった。きょとんとした顔の中で、黒目がちな目がまんまるくなっている。
≪ back ≫